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第13章 第23話side.恭一

〜side.恭一(きょういち)〜 「環生(たまき)さん、少しお酒を飲みませんか?」 「飲みたいです。恭一さんとなら何でもしてみたいです」 お風呂上がりに、すぐベッドに誘うのは躊躇われて、ソファーへ促した。 照明を少し暗くして、お気に入りのジャズのCDをかける。 少し格好をつけてみたくて、環生さんの目の前でアイリッシュコーヒーを淹れた。 お酒も甘い物も同時に楽しめるとっておきのレシピ。 アイリッシュウィスキーに甘いホットコーヒーを注いで生クリームを浮かべる様子を、興味深そうに眺める環生さん。 一緒に楽しもうとしてくれる気持ちが嬉しい。 『オシャレ、美味しい』と喜んでおかわりをする環生さんは、私が選んだ淡いグリーン色のパジャマ姿。 私の好みを押しつけてしまった形だけれど、環生さんはそれが嬉しいと言ってくれた。 私の好きな物に包まれるのが幸せだ…とも。 こんな笑顔を見られるなら、もっと早く泊まりに来ませんか?と誘えばよかったのかも知れない。 もう少しお互いを知ってからの方がいいと思っていたし、保科(ほしな)家の皆さんへの遠慮もあった。 環生さんを大切に想う気持ちが空回りして、淋しい思いをさせてしまったのかも知れない。 バランスが難しいな…と、思いながら、ほろ酔いの環生さんを見つめる。 ほんのりと赤みを増した頬、とろんとした瞳。 私の腕に寄りかかるようにして甘える環生さんの無防備な可愛らしさ。 こんな姿を見せるのは私だけにして欲しい。 そんな独占欲のような感情を抱いてしまう。 「恭一さんの側にいられて本当に幸せです」 「私も幸せですよ」 ふわふわと微笑んだ環生さんは、私に身を預けたままウトウトし始めた。 なるべく身動きしないようにして、眠っていく環生さんを見守る。 きっと環生さんも緊張していたんだと思う。 買い物にも行ったから、疲れたのかも知れない。 環生さんが眠って残念だと思う反面、胸を撫でおろした部分もある。 環生さんの事は誰よりも大切で、抱きたい欲求もあるけれど、同時に深い関係になる事が怖かった。 一度でも環生さんを抱いたら、きっと想いがあふれてしまうから。 ずっとこの家から出したくない、私の側にいて欲しい。 この家で私の帰りを待っていて欲しい。 そう願ってしまうから。 淋しがりやで甘えん坊の環生さんに今、それを望んではいけない。 誕生日もクリスマスも年末年始も…何時に仕事が終わるかわからない私を待ちながら1人で過ごすより、保科家の皆さんと楽しく過ごした方が幸せなはず。 もう少しだけ待っていて欲しい。 今の仕事はもう予定が決まっているものばかりで、どうする事もできない。 でも、その後の分は仕事量を調整していくつもりでいる。 少しでも環生さんの側にいられるように。 なるべく家で働けるような環境を整えて、環生さんと同じ時を過ごしていきたい。 それが私の望み。 完全に眠ったのを確認してから、お姫様抱っこをしてベッドへ運んだ。 いつか環生さんが泊まりに来てくれる事を想定して新調したダブルベッド。 壁際に寝かせて添い寝をして、肩まで布団を掛けると、甘えるように体を寄せてくる環生さん。 眠っているから、きっと無意識。 暗くて寝顔が見えない分、小さな寝息や温もりが鮮明に感じられる。 愛おしい環生さんが同じベッドにいる。 私の側で安心して眠っている。 その現実が夢のように尊くて、気づいたら涙が出ていた。 今、環生さんが目を覚ましたらきっと驚かせてしまう。 早く涙を止めたいのに、どうにもならなかった。 「大好きですよ、環生さん」 そっと小さなおでこに唇を寄せた…。

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