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第14章 第9話side.麻斗

〜side.麻斗(あさと)〜 涙声の環生(たまき)からのお迎え要請。 今夜は大好きな香川(かがわ)さんと仲良く過ごしていると思っていたから驚いた。 ケンカでもしたんだろうか…。 秀臣(ひでおみ)柊吾(しゅうご)に環生を迎えに行くと伝えたら、察した2人も行くと言い出した。 2人の過保護ぶりは相変わらず。 待ち合わせ場所は本屋を併設したカフェ。 こんな夜に1人でいると危ないから、店員がいて人目があって、明るい場所を指定した。 駐車場に車を停めると、柊吾が飛び出すようにして環生を迎えに行った。 「環生…何があったんだろうね」 「…そうだな…」 「とりあえず、自分から話し出すまではそっとしておく感じでいいよね?」 「…そうだな。まだ環生の中でも整理がついていないかも知れないからな」 秀臣と話をしていると、2人が戻ってきた。 環生は泣きながら柊吾に手を引かれていた。 きっと柊吾の顔を見たら、安心して我慢できなくなってしまったんだろう。 「…ごめんね、麻斗さん。せっかく送ってもらったのに…」 「大丈夫。環生に頼ってもらえて嬉しかったよ」 「話は後だ。さぁ、環生…」 秀臣が後部座席の自分の隣へ促す。 柊吾も環生の隣に座りたそうだったけど、黙って助手席に乗り込んだ。 帰り道で何があったのかを少しずつ話してくれた環生。 環生を悲しい思いをしたのは俺のせいだ。 香川さんの配信の事をすっかり忘れて、環生を送り届けてしまったから。 「ごめんね、環生」 「ううん、俺も忘れてたし、我慢できなくて勝手に帰って来ちゃっただけだから…」 麻斗さんのせいじゃないよ…と、俺を庇う。 仕事があってどうする事もできない香川さんの気持ちもわかるし、ただ好きな人に会いたい環生の気持ちもわかる。 2人でゆっくりできる時間があれば解決する事だとは思うけど、それができない今ここまでこじれるとどうするのがいいのかよくわからない。 自営業の大変さを知っている秀臣も難しい顔をしているから、きっと同じ事を思っているんだろう。 まだ働いた事がない柊吾は、明らかに苛立っている。 きっと香川さんと別れればいいとでも思っているんだろう。 何とも言えない空気感の中、家へ帰った。 「環生、ご飯は食べた?」 「あ、まだ…」 「何か食べたい物があるなら作るよ。アサリも残してあるし」 環生が皆にも食べて欲しいと言って半分ずつしたアサリ。 一緒に食べたくて砂抜きの後、冷凍してあった。 「ありがとう。でも、今日は…食欲なくて…」 お風呂に入って休むね…と、お風呂場へ消えた。 いつもなら悲しい事があるとやけ食いをしている環生。 今日はダメージが大きいらしい。 元気がない環生を見て、秀臣も柊吾もオロオロしている。 環生だけでなく、この2人のフォローもしなくては。 「大丈夫だよ、環生はちゃんと乗り越えてまた笑ってくれるから」 そう伝えて、うどんを作る準備を始める。 食事はまだだと言っていたし、お出汁のいい香りを嗅いだらお腹がすくかも知れない。 「大丈夫、ここは俺に任せて。困ったら呼ぶから」 そう伝えて、2人をそれぞれの部屋へ促した。 こんな2人の様子を見たら、環生が気をつかってしまいそうだから。 「わぁ、いいにおい…」 案の定、お風呂上がりの環生は香りにつられて側へやって来た。 「食べられそうなら食べる?」 「うん…、少しだけ」 半玉分をお椀に入れると、美味しい…と、すぐに食べ終えてしまった。 残りの半玉もすぐに環生の胃袋の中へ。 結局おかわりを繰り返してうどん3玉を平らげた環生は、テーブルに伏せて眠ってしまった。 「環生…寝たのか」 様子を見に来た秀臣と、お風呂上がりの柊吾に事情を説明すると、『わかった。環生は俺のベッドで寝かせる』と、柊吾が名乗りをあげた。 愛おしそうに環生の頭を撫でた後、大切そうに環生を抱き上げる。 「柊吾、環生を頼んだぞ」 「あぁ、任せろ」 柊吾の頼もしい姿に、成長を感じる。 環生の事は柊吾に任せて大丈夫そうだ。 「おやすみ、柊吾。それから環生も」 何か変わった事があったら起こすように伝えて、秀臣と一緒に2人を見送った…。

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