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第14章 第16話

環生(たまき)さん、もっとこっちへ来てください」 「はい…恭一(きょういち)さん」 ユニットバスだったから2人で入るには狭かったけど、そのおかげで自然と距離が近くなる。 おしゃべりもしたいし、触れ合いたい今の俺にはぴったり。 選んだホワイトムスクの入浴剤も、柔らかくて甘いいい香り。 お互いの体を洗い合って、時々キスをして、甘くて楽しいバスタイム。 望みが叶って幸せ。 北海道まで来てよかった…。 くっついて甘えるニコニコな俺を見て、恭一さんも嬉しそう。 「…環生さん、これからの事を少し相談してもいいですか?」 「はい…」 いつもより落ち着いた声のトーン。 相談って何だろう…。 大切な話だと思った俺は、甘えるのをやめて恭一さんと向き合うポジションへ。 「話したかったのは仕事の事です。今は毎日忙しくて、環生さんに淋しい思いをさせてばかりです。既に決まっている分は難しいですが、今後は仕事量を調節して環生さんと過ごす時間を増やしていきたいと思っています。環生さんはどう思いますか?」 「嬉しいです。俺…恭一さんと一緒にいたいです」 仕事が減ればもっと恭一さんと一緒にいられる。 もう淋しい思いをしなくても済む。 恭一さん…俺の事、ちゃんと考えていてくれたんだ…。 「もちろん私も環生さんと一緒にいたいです。ですが、仕事が減れば単純に収入も減ります。人気に左右される職業ですから、露出が減ればファンの方が離れていく可能性もあります。これから結婚…となると、そのあたりのバランスも考えていかなくてはなりません」 恭一さんの言葉にハッとなった。 俺たちは結婚の約束をしてる。 結婚って、一緒にいたいっていう感情だけでは済まない事なんだ…。 「ごめんなさい…。俺、全然深く考えてなくて…。ただ恭一さんと一緒にいたいって思いばかりが強くて…」 将来の事を具体的に考えもせず、会いたいって欲求だけで北海道まで押しかけた。 忙しい恭一さんが先の事を考えてくれている中、時間のある俺は何もしなかった。 それどころか、淋しいとか、もっとかまって欲しいとか、不満ばかり感じていた。 自分の子供っぽさを認識したら、急に恥ずかしくなった。 こんな俺…恭一さんの負担でしかない。 情けなくて涙が込み上げてきた。 「いいんですよ。私は環生さんのその純粋さが好きなんです。私の方こそすみません。まだ恋人関係を楽しめていないうちから生活の話をしたら重いですね」 優しい恭一さん。 未熟な俺を責めずに受け入れてくれる。 恭一さんの中である程度決まっている事でも、相談という形で俺の意見も聞いてくれる。 俺自身にも考えるキッカケとチャンスをくれる。 「恭一さんの気持ち…嬉しいです。俺の方こそ恭一さんに丸投げでごめんなさい。俺もちゃんと考えます」 だから…少し時間をください…と伝えると、優しく微笑んだ恭一さんはそっと俺の手を握る。 温かな愛で包んでくれる恭一さんの気持ちが嬉しかった。 「でも…いいんですか?恭一さん、このお仕事が大好きなのに…」 「好きですよ。今までは仕事さえあればそれでいいと思っていました。でも、環生さんと恋をして欲が出ました。仕事もプライベートも両立させて、幸せな人生を送りたいと思ったんです」 大切な環生さんと一緒に…と、頬を撫でられる。 大好きな人にそんな事を言われたら、もう我慢できない。 感極まった俺は、恭一さんにぎゅっと抱きついた。

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