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第15章 第10話side.柊吾

〜side.柊吾(しゅうご)〜 「皆に相談があるんだけど…いいかな…」 11月に入ってすぐの事。 皆が揃った朝ご飯の時間に環生(たまき)が切り出した。 ちょっと緊張した様子の環生も可愛い。 相談って何だ? 秀臣(ひでおみ)麻斗(あさと)を見ると、2人も心当たりのなさそうな顔をしていた。 きっとアイツの事なんだろうな…。 アイツとは環生の恋人の香川(かがわ)恭一(きょういち)。 アイツ呼ばわりは失礼だってわかってるけど、環生がアイツに夢中だから何となく面白くなくて『アイツ』だ。 アイツの仕事が忙しくてすれ違い続きだった環生も、この前ようやく結ばれたようだ。 環生の口から直接聞いた訳ではないが、何となく気配でわかる。 毎日ご機嫌だし、おかずが一品増えたし、肌艶もよくなってさらに可愛くなった。 会えない日が続いても前ほど淋しそうにしなくなった。 最近の環生はアイツの休みに合わせて、時々向こうの家に泊まりに行くようにもなった。 いつかは環生が離れていくとわかっていたし、心の準備もしていたが、環生がいない家はどこか物足りなかった。 気を紛らわせるために、麻斗の店でバイトしたり、大学に通い詰めたり。 周りに環生のいない状況や、環生の事を考える暇がない生活を続けて、少しずつ慣れるようにした。 「相談って…どうかしたの?環生」 聞き上手の麻斗が声をかける。 「うん、実は…」 3人で環生の話に耳を傾ける。 どうやらアイツの家に泊まりに行っている時に、この家の家事が疎かになる事を気にしているらしい。 家政夫がいない時でも、それなりに家事も回ってたし気にする必要はないと思ったが、仕事として給料をもらってる以上はちゃんとしたいっていう環生の気持ちの問題なんだろう。 「それでね、皆がよければだけど…時々恭一さんが泊まりに来てもいいかな…?」 「それは…香川さんも望んでいる事なの?」 「うん…」 アイツは環生を連れ出してばかりだと俺たちに心配をかけてしまうから、時々は自分が泊まりに行く。 環生と自分がどうやって過ごしているかを見てもらった方が安心してもらえるはずだ。 環生は仕事である家事を優先させて、自分は隙間時間に少し話せればいいと言っているらしい。 本気で言ってるのか…? 環生とアイツがこの家でイチャイチャするところなんて見たくないぞ。 そんなの却下だ、却下。 まだ家事丸ごと引き受けた方がマシだ。 「俺の事を考えてくれる恭一さんの気持ち…嬉しいって思ったけど、皆の生活空間に恭一さんがいたら落ち着かないかな…とも思って相談を…」 環生は困った顔で俺を見た。 いつもより声も小さい。 きっと俺が反対するってわかってるんだ。 「環生が笑顔でいられるのが一番いいだろう」 珍しく秀臣が口を開いた。 こういう時の秀臣は結構麻斗に丸投げして、黙っている事が多い。 きっと環生が俺たちとアイツの板挟みになって気をつかっている事が気になったんだろう。 「俺は…恭一さんにも来てもらいたい。恭一さんが来てくれたら合間に家事もできるから、皆に申し訳ない気持ちにならずに済むし、皆とも恭一さんとも過ごせるから…」 環生とアイツの言いたい事はわかった。 一応家主兼、環生の雇い主の父さんの耳にも入れておいた方がいいという事になってその場はお開き。 環生が買い物に行ったのを見計らってまた3人でリビングに集まった。 「さぁ、どうしようね」 まとめ役の麻斗が俺たちを見る。 「そんなの嫌に決まってるだろ。環生がこの家でアイツとイチャつくのなんて見たくない」 つい力が入って大きな声が出た。 秀臣は否定も肯定もせずに黙って俺を見ていた。 「確かにね…。でも、柊吾は環生が香川さんとどうやって過ごしてるか気になってるんじゃないの?」 「それは…そうだけど…」 環生がデートの日は、今頃ご飯を食べているのかとか、風呂の時間か…とか、今幸せな気持ちでいるのかとか、気にしないようにしていても気にはなる。 環生は大人だ。 心配する必要はないってわかってる。 そうは思うが、すれ違いが原因でデート中にアイツの家を飛び出してきた事もあるから、完全に安心はできない。 「香川さんは本当に環生思いの優しい彼だね。それに彼はこの家に来て、俺たちにも歩み寄ろうとしてくれているのかも知れないね」 「特殊な環境下だとわかっていながら、1人でこの家へ泊まりにくるのは勇気がいるだろうな」 麻斗はやたらとアイツを誉める。 秀臣もアイツの味方をしているような雰囲気だ。 「何だよ、2人は賛成なのか?俺は嫌だ。この家にいる時の環生は俺たちの環生だ」 環生を独り占めできる時間や空間が減っていくのが怖い。 常にアイツがいる状態が普通になったら、いつか環生に忘れられそうで…。 「柊吾の気持ちもよくわかるよ。でもよく考えてみて。香川さんがその気になったら、環生を自分の家に住ませる事もできるんだよ」 「そうなったら、なかなか環生には会えなくなるだろうな」 諭すような麻斗と、それに続く秀臣。 それはそれで困るんじゃないの?と、麻斗が俺を見る。 確かに環生に会えなくなるのは嫌だ。 環生が家政夫の仕事を辞めてアイツの家に住み出したら、環生との接点がなくなる。 「柊吾はそれでいいの?香川さんを拒むって事は、回り回って環生を遠ざける事だよ。もうあの2人はセットだからね」 ようやく秀臣と麻斗の意図がわかった。 2人の中ではもうアイツを受け入れる事になってるんだ。 環生が少しでもこの家に寄りつくように。 大好きな環生と一緒にいられるように。 後は俺の気持ちの整理がつくのを待ってるんだ。 今はそのための集まりなんだ。 「…わかったよ。アイツが泊まりに来るのを認めればいいんだろ」 「それだけでは足りないよ。ちゃんと2人を祝福してあげないと。さっきの環生の表情見た?柊吾に気をつかって、窮屈そうにしていたね」 「慣れるまでは大変かも知れない。だが、環生の笑顔を守るのが俺たちの役目だからな」 秀臣も麻斗も本当に環生が好きだ。 環生を大切に想う気持ちは俺が一番だと思っていたが、そうでもないらしい。 俺は一時の感情に振り回されて、冷静に先を見通す事ができなかった。 もう少しで環生を悲しませるところだった。 「…アイツがちゃんと環生を大切にしているか見張ってやる」 素直になれない俺は、そう言う事しかできなかった。

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