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いつもの夜の過ごし方2

 シャワーを浴びて出ていけば、もうその時のことは忘れる。   週に一度のハメ外しだ。  全く知らない奴らとはしない。  セックスは安全な紹介しあった者同士でしている。  セックスを楽しみたいが、特定の相手を作るのは面倒だし、複数でするようなセックスを楽しみたい仲間同士のサークルがある。  そこを利用している。  今日の男の子は可愛いかった。  また会ってもいい。  彼となら二人でも楽しめそうだ。  最近は挿れる方も嫌いじゃない。      泣かせるのが楽しみになってるし。  あの男の子の中は良かった。  エロくて可愛い。  男の方はあんまり好みじゃなかったけど、まあいい。  えり好みは出来ない。  まあ、セックスは所詮セックス。  楽しめれば十分だ。  さて、と。  オレは駅のロッカーに預けていた荷物を取り出し、ノートパソコンを使い、夜中のファミレスで論文を仕上げていく。  論文は頭の中にもう出来上がっていて、後は打ち出すだけだ。  オレは数字から記号まですべて記憶することができる。  自分で言うのもなんだが、オレは優秀だ。  元々理系を目指していたが、好きな男を追いかけたくて、この分野に入った。  初めて好きになった男で、初めてのオレの相手がこの分野の研究をしていたからだ。  伝承や祭り、習俗、そういったものから 、人類をとらえていく学問だ。  きっかけは下心からだったが、この学問にオレはその男以上にハマった。    もうすぐ卒業だが、卒業したら留学も決まっている。  奨学金付きのだ。  オレは何度も言うが、優秀だ。      恋の方は手酷い失恋をした。  初めて抱かれた男だった。  全部教え込まれた。   求められればどこででもした。  外だろうが、人前だろうが。  必死だった、好かれたかった。  言われたことに何でも従った。  昼間、人通りのある電柱の陰でやられたこともある。  思い出すと、ほろ苦い。  だけど、田舎で隠れゲイだったオレが、都会で堂々とナイトライフを楽しめるプレイボーイに育ててくれたことには感謝しないといけない。  今ではゲイも公言している。  だからこそ、人より優秀でなければならない。  まだこの世界はゲイには厳しいんだ。   「へぇ、随分感じが違うじゃない」  声がした。  嫌な予感がした。  さっきまで、セックスしてた男だった。  失敗した。  論文を早く仕上げてしまいたくて、ホテルの近くのファミレスを使ってしまった。  一応、駅のトイレで着替えて、いかにもゲイの遊び人といった格好から、オレ好みのキチンとした隙のない服装に変えていたのだけど、セックスまでした仲だ。  わかるだろう。  男はオレの横に立ち、オレの顎を掴んで顔を上に 向けさせた。   「こっちのがいいじゃない。エリート学生さんみたいな感じだけど」      実際そうなんだが、そんなことはコイツは知らなくても良い。  「また会いたいなって思ってたんだよね」   男は馴れ馴れしく肩を抱く。  ダメだ。  コイツ。  たまにいる分かってないヤツだ。    セックス仲間達はプライベートには一切かかわらず、ホテルで会う以外ではすれ違っても振り向かないのがルールだ。    決められた場所以外でのセックス以外は、お互い関わらない。  少しハメを外したセックスをしたいけれども、それなりのちゃんとした社会生活を普段は送っているオレ達だからこそのルールなんだけど。  だけど、こういう分かってないのがたまに混じる。  コイツはメンバーから外すように他のメンバーにメールで提案しよう。  セックスした位で、馴れ馴れしくされるのはゴメンだ。  「なぁ、お前とだったらまだヤれる。トイレに行こうぜ」  男はオレの耳元で囁く。  ファミレスのトイレでヤる気か。  したことがないと言えば嘘になる。  でも、コイツが相手なら嫌だ。  「ヤダね」  オレは冷たく言い放つ。  「なんだよ、その言い方」  男が顔色を変える。  セックスしたら彼氏面出来ると思っているタイプだな。   なんだってこんなのがいるわけ?  面倒をさけてセックスを楽しむためのサークルだろ。  「オレは忙しいから帰ってくれる?オレ暇じゃないし」  オレは出来だけ穏便に言ってみた。  「・・・偉そうに」  男は呻いて、オレの腕を掴んで引きずるようにトイレに連れて行く。    店員も何事かとこちらを見ていたが、深夜で二人しかいない 人員で、大した時給ももらっていないのに危険をおかすわけもなく、  コレはヤバいな、とオレは思った。  トイレの個室に連れ込まれ、鍵をかけられる。  「ホテルでも思ってたんだ、偉そうに命令ばかりしやがって」  オレをトイレの壁に身体を押しつけられた。  オレは抵抗しない。  「大人しく言うこと聞けば、気持ち良くしてやるよ。ホテルでもしてやっただろ?」  男はオレの耳を噛み、首筋をなめた。  せっかくシャワー浴びたのに。  男はズボンをおろし、自分のモノを取り出した。  すでに立ち上がっている。  暴力的なやりとりに興奮したのだろう。  「咥えろ」  男はオレの頭を抑えつけ、自分のそこに近づけた。  オレは口を開けた。    ギャアア   悲鳴が上がった。  オレが思い切り噛んでやったからだ。  何で自分の急所を平然と人の口の中に入れられるんだ。  バカじゃない。  唾を床に吐き捨てる。  血が出てる。    嫌だな、病気だったら困る。  オレは股間をおさえて泣き叫ぶ男を、そのままにして、とりあえず洗面所でうがいをする。  ヤダな。  セーフセックスを心掛けているのに。  性病チェックにきかなきゃ。  オレは何事もなかったようにトイレを出た。  てっきり、オレの悲鳴だと思っていただろう、店員や店の僅かばかりの客は、オレが普通に出てきたことに驚いていた。  オレはさっさと荷物を片付け、レジで清算をすまし、店を出た。  論文が片付かなかったな。  「怖いヤツだなお前」   店を出たオレにそう言って声をかけた人がいた。  「見てたんですか」  オレはさっさと歩きながら言う。  とっととこの店から離れるのが正解だ。  しばらくこの辺りには近寄らないでいよう。  「危なくなったら助けようかな、と」  その人は言った。  「うそつき。オレトイレもう連れ込まれてましたよ」  オレの言葉にその人は笑った。  「多分なんとかすると思ってね」     どんなつもりだったんだか。  オレはため息をつく。  その人はオレの初めての人。  鬼畜、最低、変態と三拍子そろった、色男だった。  「なんでこんなところにいるんですか」  オレは何故かついてくるこの人に尋ねる。  相変わらず綺麗な男だ。  高い身長、ちょっと長めの真っ直ぐな黒髪、切れの長い目、薄い唇。  綺麗な男だけれども、か弱さはない。   むしろ、関わってはいけないと思わせるような危険な何かを漂わせている。  左腕が肘のところからないため、左の袖が中身がないまま揺れていた。  義肢は面倒くさいといっていつもつけない。  オレの質問にこの人は答えない。  この時間に、ちょっと先にホテルたくさんあるこの辺りで何を?  「相手さがして漁ってたんですか。言いつけますよ」  オレは察して言う。  あの人は慌てる。  「いや、確かにそんな考えもあった。だが、でも、やっぱり止めたんだ。」  あの人は主張する。  この人はそういう嘘だけはつかないのでどうやらそれは本当らしい。  「アイツには言わないでくれ。まだ一度だって浮気してないんだ」  懇願される。  最低で鬼畜な色男で、オレを含めた沢山の男も女も泣かせてきたこの人は、今はたった一人の想い人に嫌われることだけを恐れるヘタレに成り下がっている。  「なんでアナタなんか好きだったんでしょうね」  オレはため息をつく。  本気で泣きそうになる。  自分が情けなくて。  「だいたいあの子はあなたが浮気しようがしまいが気にしないでしょう」  オレは言う。  この人の想い人は普通ではない生い立ちなので、セックスに大してはあまり抵抗がない。  と言っても、オレのように何でもありのビッチではなく、恋や愛の意味さえ知らないレベルの無垢なのだ。  浮気の意味も本当の意味では分かっていないだろう。  「オレがアイツにだけは最低になりたくないんだよ」  あの人が相手漁りに来たことは来たくせに、なんか言っていた、   オレの沈黙にあの人は言い訳する。     「週一回しかしてないんだぜ。させてもらえないんだよ」  泣き言だ。  でも、この性欲魔人がそれで我慢しているのは大したものだ。  この人は今のオレ以上に相手も人数も場所も気にせずめちゃくちゃしていたからだ。  まあ、オレはこの人のせいでこうなったとも言える。  今、一人だけを、しかも週一回の逢瀬で我慢してきるなんて、この人を知っている人なら誰も信じないだろう。   「それ、教授の言いつけですか」  オレの言葉にあの人は頷く。  オレの恩師である教授は、この人の想い人の親代わりだ。  「アイツはまず社会を知って、オレにはまず愛を知れってさ。愛してるって言ってんのに」  「なるほど」  オレは納得する。  社会から隔絶された場所で育った無垢なあの子と、病的な執着心のこの人。  ただ二人がくっつくだけなら、行き着く先は依存と執着だけだろう。  それは地獄のような天国か、天国のような地獄で、行き着く先は破滅だろう。  教授は違う道をこの二人が選べるようにしているわけだ。  「分かってるよ。教授が正しい」  あの人は肩をすくめた。  オレは笑う。  オレ達は教授には弱い。  「お前が乱交してるのも教授に報告しておくからな」  あの人が言ったのでオレは怒る。  「オレのことは関係ないでしょう」   あの人が笑う。  また、こんな風にこの人と話せる日が来るとはおもわなかった。  オレは今はもう遠い日の恋を思った。        

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