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眠れぬ夜の過ごし方4
彼はまるで別人のような声で話していた。
「あの人はどこ?あの人はどこ?一緒に死んでくれるといったのに」
切なげな顔で、誰かへの恋情を語られたら、私の中の何かがはじけそうになる。
いけない。
研究室のキスの時と同じになる。
あの時は良く止まれたと自分を褒め称えたくなる。
次は止まれないのはわかっている。
「あの人に会わせて。あの人に会いたい」
コレは彼ではない。
彼ではないんだ。
私は自分に言い聞かす。
「僕にはわからないんだ、ゴメンね」
あの子が優しく言って、手を叩いた。
パン、パン
ピクン、彼の身体が揺れた。
次瞬間ガクンと身体がゆれ、彼の身体がソファーに崩れ落ちた。
思わず、そばによろうとする私を、あの子が手で制する。
「大丈夫」
あの子の言う通り、彼はゆっくりと目を開けた。
「神社だ」
彼は言った。
「あの繁華街の中にある神社。あそこ、昔心中事件があって、それをモデルに歌舞伎が作られていたはずだ」
それは私も知っている。
そこそこ有名な話で、死んだ遊女の名前が神社の通称になっている。
【 天神】と。
「心中じゃなかったんた」
彼が頭を抱えて言う。
「男は一緒に死んていないんだ」
彼は女が出てきている間に何かを見たらしい。
「僕が聞いた話と同じですね。彼女は彼を探している。でも、何故君に彼女が取り憑いたのかが良くわからない。長年あそこにいただろうに」
あの子が首を傾げる。
「あ、それ心当たりある」
言いにくそうに彼が言った。
「理由は2つある」
彼は説明をはじめた。
どんな理由があるんだ?
私も興味があった。
「一つは」
彼が言いかけた時、娘がドアを開けて入ってきた。
「お父様、お客様よ」
11才になる娘と一緒に入って来たのはアイツだった。
どうのこうの理由をつけてはあの子に会うために我が家に入り浸っている。
我が家では幼い娘の教育の為に家の中ではセックス禁止を申し渡しているが。
あまりアイツが好きではない娘が上機嫌なのは、手にしたケーキの箱のせいだろう。
人の心が分からぬ男も、あの子の妹に嫌われたままなら終わりだということは理解できるようになったらしく、全力で懐柔をはかっている。
「あ、お前も来てたのか」
アイツは彼を見て何気なく言った。
私は見てしまった。
彼の瞳に光がともるのを。
彼の顔に光がさすように輝くような微笑が浮かぶ。
いつもクールな彼の顔がこんな風に笑うのを私は初めて見た。
彼は踊るように軽やかに立ち上がり、アイツに抱きついた。
「会いたかった、会いたかった」
彼が泣く。
あまり感情を出さない顔が、切なく歪められ、子供のように泣きじゃくる。
「あなただ、あなただ、あなただ。あなただけだ」
アイツの胸に頬を擦り付け、子供のように彼が叫ぶ。
なんだ。
なんだ。
この私の胸の痛みはなんだ。
そしてなんでアイツは彼をそこで抱きしめるんだ。
私の身体は勝手に動いていた。
彼の肩を掴んで、彼から引き剥がしていた。
「あ、悪い、抱きつかれたから反射的に」
悪びれずアイツは言った。
そんな反射など普通の人間にはない。
彼は私の腕の中でもがいた。
「離して、離して、やっと見つけたのに」
泣き叫ぶ。
嫌だ。
離すものか。
私は離さない。
「 様!!」
彼はアイツを知らない名前で呼んだ。
泣き叫び、私の腕から出ようともがく彼に、何かか押し付けられた。
彼はピタリともがくのをやめた。
「中の人ですね」
あの子が彼の額に、骨と布で作った人形を押し当てていた。
魔除けだ。
南の島に住むシャーマンがくれた。
この子とこの子の妹を案じて。
力あるものは色んなモノを惹きつけるからと。
取り憑かれたのは彼らではなかったが、助かった。
彼ではなく、彼に取り憑いたモノがアイツに反応したらしい。
「教授、もう大丈夫ですから」
彼が自分を抱き締めたままの私に、決まり悪そうな顔で言う。
「ああ」
私も慌てて彼を離す。
赤面してしまっている。
とりあえず、娘にケーキとジュースを与えて、みんなとの話が終わったら一緒にゲームをする約束をして、部屋に帰す。
教育によろしくない可能性がここからはある。
彼は咳ばらいして、また話はじめた。
「理由の一つ目はオレの中の遊女が探している男は少し、この人に似ている」
顔立ちよりも雰囲気だ。
この世の何にも興味無さそうな、乾いた雰囲気だ。
実際はこの男何も興味がないどころか、一人の青年の熱烈なストーカーなのだが。
「もう一つは神社でオレがたまたま思ってしまったからだ」
彼は赤面した。
「思ったんだよ」
小さな声で言った。
「例え地獄へでも一緒に歩ける人がいればって」
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