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壊れた夜の過ごし方2

 出会ったのはつまらなく通りをいつものように見下ろしていた時で。  下駄の鼻緒が切れて、往生している人を見かけて、端切れを渡してやろうと。  たまたま、お付きの女の子を使いに出していたものだから、自分でふらりと通りに降りてみる。  「お使いになられませ」  端切れを渡そうと声をかけて、振り向いたあの人を見て驚く。  質素なくたびれた服は着ていたけれど、まるで草子の殿方みたいな綺麗な人。  何よりも、今まで見たことない目をしていた。  ああ、綺麗な。  この人には何の欲望もない。  透明な暗闇のような目。  あちきをそんな目で見た人はいなかった。  誰もがあちきを欲望を浮かべて見た。  男でも女でも。  あちきを支配するお父さんでも、あちきを心配してくれる幼なじみでも。  でも、この人の目は透明だった。  震えていたのはあちきだった。  「お名前を教えてくださいませ」  あちきは思わず聞いてしまった。  困った顔をしたけれど、あの人は名前をおしえて下さった。  算術の学者で、今は代筆屋をしていると。  あちきの一目惚れだった。  算術を習う名目で 、呼ぶようになった。  算術は客の間でも人気で、算術の本は出回っていたから、知っていることは悪くないと、お父さんの許可ももらった。  ただ、お父さんはあの人を見た瞬間から、後悔していたようだけど。  いい男過ぎると。  あちこちの店の遊女達があの人に代筆して貰いたがった。  確かにあの人は女文字も、男文字もなんなら誰かの手を真似て書くことも出来たけれど、あまりにも綺麗な顔に誰もが夢中になったのだ。  自分の時間を自分で買ってでも、あの人と会いたい遊女は沢山いた。  でも、あの人は誰の誘いにものらなかった。  そんなあの人だからお父さんは渋々、算術を教えてもらうのを許してくれた。   あの人が教えてくれた。  あちきの頭の中だけは自由だと。  あちきは算術に夢中になった。  あちきはあの人が学者仲間に聞いた外国の話に夢中になった。  あちきの身体は色んな人達にむしゃぶらりつかれても、 あちきの頭の中だけは誰にも手出し出来ないことをあの人が教えてくれた。  あちきは恋に落ちた。  姐さん達のように客にではなく。  あちきを抱こうとしないあの人に恋に落ちた。  それは誰も許してくれない恋で。    特にお父さんは許さなくて。    あちきは最近、お父さんにそんな恋を壊すために抱かれていたのだった。    「死ぬまでお前は遊女なのだ」と教え込むために。  

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