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悪意な夜の過ごし方2

 おれは木刀を振る。    振れば、旦那がアイツを責めて、アイツが泣く声を頭の中で聞かなくてすむ。  耳にこびりついてしまった。  今日の折檻は酷すぎて、際限なく続けられていて、やっと終わりアイツは寝込んでいる。  客をとらせてこその遊女なはずなのに。  最近の旦那はおかしい。  折檻にしても過ぎる。  大体、楼主が商品に手を出すなんて御法度中の御法度だ。  「許して下さい、お父さん、お父さん・・・もう堪忍してぇ・・・」  泣き乱れる声。  階下で用事をしていたおれらにも聞こえる、デカいよがり声と悲鳴。  胸は痛むのに、オレの股ぐらが固くなるのが自分でも許せなくて。  アイツは妹、いや、弟みたいなもんだ。  お互い遊女から生まれた。  おろしそこないだ。  オレは木刀を振る。  集中すれは、忘れられる。  旦那には逆らえねえ。  下働きから、取り立てて下さった。  遊女の子供はどこぞに里子にやられて、のたれ死にするもんなのに、育てて、見込んで下さった。  「私には子供がいないからねぇ、お前を後々は養子にと思っている」  そうとまでおっしゃった。  恩ある方だ。  アイツも、あんな貧乏学者なんざ忘れちまえば良いのに。  オレよりも、アイツの方がここを出れる可能性があるのに。  アイツは嫌うが桝屋の大旦那は、アイツの頭の良さにも惚れ込んでおられる。  算盤どころか、算術にも詳しいアイツの頭にも価値を見いだして下さっている。  身請けしても単なる妾にして終わりとは思えない。  ここを出てさえしまえば、アイツは幸せになる。  オレの木刀が風を斬る。    「へぇ。大したものだな」  声がした。  一番会いたくない奴だった。  貧乏学者だ。  「貧乏学者が何のようだい。これからは夜見世だ。金のないヤツには用はないぜ」  おれはコイツが嫌いだ。  何だか底がしれない。  綺麗な顔やおっとりした態度に騙されはしない。  「ご主人に呼ばれたんだよ。新しい算術の本を持ってきて欲しいと言われてね、今、町でも人気でね」  おっとりとコイツは言った。  まあ、算術は大流行している。  算術の解答を書いた絵馬を神社に奉納する者もいるくらいで。  アイツもなんかそんなことしてたな。  頭の悪いおれにはわからねぇ趣味だ。  「でも、お取り込み中でね」  コイツはため息をついた。  オレはピンときた。  旦那はアイツを責めてるところを見せるために、貧乏学者を呼んだんだ。  可哀想にアイツはそれに気付いただろうか。  気付かないはずかない。  旦那はそれが目的だったはずだからだ。  寝込んでいるわけもわかる。  可哀想に。  しかし、コイツは顔色一つ変えない。  「君は剣術を習っているのか?いい太刀筋だ」  元お侍らしく、剣術に興味を示した。  アイツのことを気にしてやれよ。  「おれみたいな忘八稼業に教えてくれる道場なんてねぇよ。用心棒のおっさんに習ったんだ」  忘八。  すべての守らなけばならない人間としての道を忘れさった者。   色町の女で食べている者への蔑称だ。    「ふむ。しかし、いい太刀筋だ。使ったことはあるのか?」  すべてに興味なさげに生きてるコイツにしてはやたらと食いつく。  「こんな稼業だ。刃傷沙汰もあらぁね」  おれはそうとだけ言っておく。  おれは刀がきらめく瞬間が嫌いじゃない。  あの一瞬は、おれは何者でもないからだ。  「アンタ、アイツが心配じゃないのか」  それより、おれは 思わず聞く。  「心配だよ」  あっさり答えられる。  「君は私が嫌いなようだが、私だってあの子が壊れて欲しくないんだ」  その言葉に嘘はないようだった。  「でも、私に何ができるというんだ?」  ソイツの言葉はもっともだった。  

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