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恋した夜の過ごし方4
手管も何もありゃしない。
自嘲する。
何人も人を狂わせてきたあちきが、ただ人を待ってるだけでこんなになって。
あちきは震えていた。
きっと先生はあちきの気持ちには気付いてる。
でも、でも、あちきの本気は知っちゃいない。
あちきは、頭巾で顔を隠し、神社の木の陰に身を隠す。
ここは色町の中の神社。
あちきは町の外へは出られない。
お付きの子達には、お稽古には一人で行くから、お菓子とお足を与えて、ちょっと遊んで来るように言っている。
飴売りを探して、あの子達は行ってしまった。
長い時間ならバレちまう。
でも、少しの間なら。
間なら。
先生は来てくれるのだろうか。
「おれにアイツへの文の使いをしろと?何考えてんだ、てめぇ」
幼なじみは呆れた。
「後生だよ。もう、あちきはこのままじゃどこへも気持ちのやりようがないんだ。首でも括れというのかい?」
あちきは泣きついた。
いつも、泣いたら助けてくれた、幼い日から。
遣り手の婆さんに逆らってでもあちきをかばってくれた。
その後酷い折檻を受けるのがわかっていても。
助けて。
お願い。
あちきは襟にすがり泣く。
「文だけだぞ。それと、ちゃんと気持ちの整理をつけるんだぞ」
そう、この人はあちきには甘い。
あちきが本当に甘えられるただ一人の人。
「ありがとう」
あちきは泣きながら笑う。
「おめぇには幸せになってもらいてぇんだ。幸せになるにはアイツの入る場所はねぇよ」
そう言いながらも、文を袂に入れてくれた。
ああ、あの人は来てくれるだろうか。
あちきは震えながら待っていた。
先生は来てくれた。
それだけで、あちきは涙が流れる。
先生は困ったように頭をかく。
「君のことは好きだよ、でも、私には妻がいる」
「知ってます。今年二十歳になったばかりの綺麗な方だとか」
「うん。こんな貧乏学者に嫁いでくれた妻だ。悲しませたくない」
先生は言った。
あちきは笑った。
「ウソばかり。本当は奥方様のことなど、どうにも思っちゃあいらっしゃらないくせに」
先生の顔が一瞬驚き、表情が消える。
ただ、瞳の奥の透明な闇だけがあの人の、隠れたものを垣間見せる。
「あちきはあなた様に真夫になって欲しいなどと、他の遊女達が頼むようなことをお願いしてるんじゃあないんです」
あちきは、先生の頬を両手で挟んで覗き込む。
綺麗な顔。
綺麗な目。
なんて透明な。
なのに底がみえない。
「あなた様は、この世界に飽いているのしょう?」
あちきは囁く。
「学問がお好きなことは存じております。でもその学問するために、日々生きるために、日銭のために頭を下げてあれやこれや。遊女の文の代筆、何なら遊女に算術指南。結局、学問のをする間もありゃしない。」
先生は何も言わない。
「可愛らしい奥様は甲斐甲斐しく尽くして下さるでしょう?でも、あなた様はそんなモノ、本当には興味などないのでしょう?」
あちきはこの人が欲しい。
この人がいい。
なんて、綺麗な闇だろう。
「ご覧になりましたよね、あちきは年端もいかぬ頃から、父親とも呼べる方からこの身体を仕込まれ、遊女になりました。お父さんと呼ぶ人とこの身体を何度となく繋ぐ、外道の身です。あなた様に抱いてくれとも思いません」
あちきは笑った。
「お父さんは、あちきを使ってこの世界に復讐したいのですよ。お父さんはまだ十にもならぬころから男に抱かれる陰間で、男にも女にも、散々その身体を与えたから、憎んでいるのですよ。こんな色に金を落とす者も稼ぐ者も。」
あちきを男を狂わせるモノとして作り上げたのはそのため。
狂わせ、誰かを地獄へ落とす度、お父さんは復讐できる。
「あちきに迷って死んだ男は何人もいるんですよ。金が尽きてあちきに会えなくなって、死んだ男は何人も」
でも、あちきはその人達のために心が痛むことなどない。
あちきを商品として値段をつけて買っておいて、あちきになんで情けをもらおうと思うんだい?
「貧しいから売られて来た遊女を可哀相だ可哀相だと同情しながら、買って楽しむのがこの色里」
同情だけはあっても、あちきは誰かがあちき達を助けようと思ったことさえないのも知っている。
この色里を憎むお父さんだって、ここを無くそうなんてことはしやしない。
ああ嫌だ。
欲望ばかり。
色でなければ、金。
つまらない。
したたかに生きるのもつまらない。
そうじゃない抱かれてるんじゃない、金を稼いで成り上がる、そんなことを思っている遊女はいる。
でも、そんな遊女は金って化け物に抱かれてソイツの言いなりになっているのがわかっちゃいない。
「こんな町あちきも大嫌いなんですよ」
でも色里を憎むお父さんだって、ここを無くそうなんてことはしやしない。
自分と同じような目にあちき達をあわせて行く。
こんな世界、飽いた。
この人だって飽いている。
そう生まれたからそう生きるしかないこの世界に。
「人が恋に狂うのは、それくらいしか自由がないからじゃあありませんか?この町は他に何も出来ない者達の吹き溜まりなんですよ」
だからあちきはこの人に恋をした。
色でも欲望でもない恋をした。
この人の中にある透明な闇に恋をした。
お父さんのように、憎んで生きるのも、
幼なじみがすすめるように、少しでも今よりはマシになるために生きるのも嫌だった。
あちきは生きたい。
仕方ないから、仕方ないからと。
いつかは自由に、すこしはマシになれると、色や欲望と金に股を開くのはもう嫌だった。
恋に股を開くのも嫌だった。
もう何かや、誰かに支配されずに生きたい 。
それが出来ないのなら。
それが許されないのなら。
「私に何を望んでる?」
あの人が静かに言う。
綺麗な目。
すべての望みを捨てればこんなに綺麗な闇に、なるのだろうか。
あの人の中に満ちる闇。
ああ、手に触れそう。
この人に会った瞬間からそう思ってた。
生まれて初めての思いだった。
あちきは囁く。
「一緒に死んで下さいませ」
あちきはこの人と死にたい。
この人となら死ねる。
死ぬこと。
それはきっと身体を繋ぐことよりも甘い。
それがあちきの恋だった。
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