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殺される夜の過ごし方5
「一緒死ぬ、死ぬと君は言う」
先生は無表情に言った。
呼び出しに来てくれたこの人は、いつもの仮面を捨てていた。
もうおっとりした話し方も、ふわりとした笑顔もない。
これが本当のこの人なんだ。
先生は、あちきの顎を掴んで上を向けさせた。
「どれくらい死についてわかっているんだ?」
あちきの目を覗き込む。
それはまるで今にでも口吸いでもするかのような甘い仕草だったけれど 、その瞳にはどんな感情もなかった。
ただの綺麗な闇があるばかり。
「私を死へと誘うのだ。死はどれだけ魅力的なのかを教えてくれないか?」
まるで、算術の解でも聞くかのよう。
「生きていたいともお思いでもないのでしょう?」
あちきは言う。
「それでは解にはならない」
先生はにべもない。
「生きて行くことに飽いておられるのは、ただいきるだけなのがつまらないのでございましょう?」
さあ、ここからがあちきの一世一代の口説きだ。
何人もの男を死なせるには、一緒に生きたいと言えば良かった。
あなたがいなければ生きられないと。
この人に一緒に死んでもらうためには、この人の問いに解を返さなければならない。
「あちきと死ねば、あなた様は生きられます」
あちきは言った。
「面白い、続けてみろ」
先生は無表情なまま言った。
「あちきはこれでも名の知れた遊女。あちきに狂って死んだ男は数知れず。死に神太夫とさえ人は言います。そのあちきを死へ引きずり込めるのは、 死を殺すのは生きることにも似てございましょう?」
少し先生が笑う。
「死を殺せば生きるか。面白いが足りんな」
あちきは続ける。
「あちきとあなた様が死ねばそれは、芝居や浄瑠璃になりましょう、死しても名が残る。それは生きることになりましょう?」
今度はあちきが笑った。
「確かにお前と死ねば、人は好きな悲恋の物語をつくり、それを物語にはするだろう」
心中ものは大人気。
人はそんな話に飢えている。
「だが、私がそんな悲恋物語に名を残したい願うと思うか?だとしたらお前は浅い」
先生は冷たく言い放つ。
「でも、それは人々を死へと誘う、誘い水になるとしたならば?」
あちきの言葉に初めてあのひとは確かな関心を示した。
「あなた様が昔 、学問でも剣でも知られたお方だったのは知っております、でも今の世にはそんなものは何にもならなかったのでございましょう?
大事なことは上手くへつらい出世することだけ、だからあなた様は飽いた。それは、実際のところ、皆同じ。心中物が流行れば、引きずられるように人々は自ら死んでいきます。
皆、この世に飽いているのですよ。優れてありながら不遇であったあなた様が自ら死ねば、死に誘われる人々は増えるでしょう。
死の数が増えれば人々はこの世に不満があることに気付きます。
そしてそんな行き詰まりは、不満は、この世を変えることになるかも知れません」
一人二人死んだところで、なにも変わりはしないけれど、沢山死ねば、何かが変わる。
「あちきと死んでくだされば、あちきは沢山の死をあちき達の為に供えてみせましょう。ただ死ぬ以上の死ならば、生きること同じでは?」
沢山の死を生み出せば、この飽いた世界を変えれるかもしれない。
楽しげな笑い声が響いた。
あの人だった。
あちきは驚く。
先生は子供みたいに笑ってた。
それは、初めてみた本当の笑顔だった
胸が高鳴った。
「面白い。君は本当に面白いな。遊女が世界を変える話をするか。実に面白い。何より沢山死ねばいいってのが一番面白い。またあるな?まだ何か考えているな?心中するだけじゃないな?」
先生は子供でも抱きしめるようにあちきを抱きしめた。
あちきの髪をなでる。
思いもよらないことに、あちきは真っ赤になっている
「不幸で哀れな話であればあるほどいいと?何を企んでいる」
先生がささやく。
「そして沢山人が死ねば死ぬほどいいだと?お前はどんな悪鬼だ。こんな面白いヤツ見たことがない」
あの人の腕の中であちきは震えながら頷く。
「面白い、沢山殺してこの世を変えよう」
先生はあちきの唇に自分の唇を重ねた。
それは、淫らな意味はない、指切りのようなものだった。
ああ、あちきは今夜この人と死ぬんだ。
なんて嬉しい。
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