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叶った夜の過ごし方3

 それはまるでプロポーズのようで。  オレは困った。  どう答えればいいか分からなかった。  まだ、「精気がお前には必要だからセックスしよう」と言われる方が簡単に受け入れられた。  教授相手に妄想したこともある。  教授とセックスしてもいいかな、とも少し考えるようになったりはした。  多分、したからってこの人がオレを軽蔑したりはしないかなって思いはじめていたし、何より、教授とするセックスは他の誰かとするセックスとも、何か違うんじゃないかなとか思ったりして。  良く、分からないけど。  セックスの誘いを聞かされるか、その場で押し倒されると思っていたオレに教授が言った言葉は、まるでプロポーズのようだった。  オレ。  オレ。  オレ。  人に好きだって言われたこともなかった。  教授の娘くらいだ。  そういえば、彼女にはプロポーズもされてたな。  でも、本当にそれくらいで。  ガリ勉の田舎の隠れゲイだった時はもちろん誰にも言われなかった。  初めて好きになったあの人にも、ただ、身体を繋ぐことだけを教えられた。  その後、身体を重ねた人達の誰も、オレの気持ちなんか欲しがる人はいなくて。  オレ。オレ。  オレは何か答えようとした。  唇がうごいた。  上手く言えない。   何を言おうとしたのかもわからない。  教授の目が怯えるようにゆらめいた。  この人はオレの答えを待つ。  この人はそう言う意味で逃がしてくれない。  でも、オレからは逃げない。  この人は逃げない。     だから、オレは。  この人が欲しいと思った。   全部。  「オレ、あなたが好きだ」  言葉にしてしまえば、それは不思議でも何でもな い事実だった。  オレの言葉に教授が笑った。     ものすごく嬉しそうに。  感情を一ミリも隠そうとしない笑顔に、オレは見とれた。  オレに見られて慌てて、笑顔から真顔になろうとしても、出来ないらしく、教授は赤くなって俯いた。   「アレだよな、私はその、いわゆる大人の余裕というかそういうのがないのは、自覚しているのだが」  むにゃむにゃ教授は言っていたが、やっぱり笑った。   子供みたいだ。  オレもなんだかホッとして笑った。  でも、不意に教授の顔が近づいてきて、唇が重ねられた。   貪られる。  それは、いやらしい大人のキスで。  オレは、オレは。  ビッチで鳴らしたこのオレが翻弄されてしまったのだった  熱かった。  舌が、指が、触れあう身体の体温が。  奪われる。  その言葉の意味をオレは知る。  舌がオレを奪うように動く。  蹂躙される。  こんなキス、ちょっと待って。  待ってお願い。  角度を変えてまた、貪られる。  あ、ダメ。  キスだけで気持ちいい。  必死で応えているのだけど、もう、なんか圧倒されて。  唇が離れた。  本当に教授なんだ、こんなキスするのに。  前にされた時も普段とのギャップに驚いた。  茫然としているオレに、教授は少し心配そうに言った。  「がっつきすぎかな、私は」  それはやっぱりいつもの教授で。  オレは笑った。  教授も笑って、オレの髪を撫でる。   どうしよう。  本当にこの人が好き。  教授はオレから身体を離した。  オレは驚く。  てっきりオレはここでこのままセックスするものだと思っていたからだ。  「しないんですか」  オレの言葉に教授は不思議そうな顔をする。  「ホテルに行くに決まっている」  ああ、そうだよな。普通。  オレの顔が赤くなる。  車の中やトイレや公園、裏通りに道端。  そんなところでしてきました。  オレが間違っているんです。  車が動き出した。  運転する教授の姿を見ながら、オレは不安になっていた。  オレでいいの?  こんなオレでいいの?  オレ、ムチャクチャしてきたんだよ。 

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