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満願成就な夜の過ごし方3
「お前を身請けする」
大旦那はいきなりおっしゃった。
いつものようにすぐに抱かれるものと思っていたのにいきなりの言葉。
「はぁ」
あちきはただ驚くだった。
そういう話は出ていたし驚くことでもなかった。
ただ、最近、お父さんの方が渋りはじめていて話は流れたのだと。
「喜んだらどうだ?」
大旦那は面白そうに言った。
「でも、お父さんが」
あちきは首を傾げる。
いくら何でもな金を要求したのだと聞いている。
「まぁな。ここの主人はお前を売りたくないようだ」
薄く大旦那は笑う。
縛られていた手の痕に、旦那は舌を這わす。
これは、お父さんにされたわけではないけれど、旦那にもお父さんの狂気は伝わっているのは分かった。
「じゃあどうして」
あちきの言葉に旦那は笑った。
「あの言い値で買ってやる」
それはこの町一番の遊女相手だとしても、有り得ない値段だった。
「お前の身体以上に、お前のここに私は値段を払おう」
旦那はあちきの頭を指差した。
「はぁ」
あちきは目を見張る。
「商売を覚えろ。女のお前もいいがね。もちろん身請けした以上は抱かせてもらうが、それ以上 に私の仕事を手伝え。南蛮との貿易を考えている」
旦那の言葉は意外すぎた。
「あちきになんで」
旦那は笑った。
「お前のとこの若いのが、お前を売りつけに来たんだよ。遊郭の男が、遊女を売るのは分かるがね、お前の頭を売りに来た。算術は相当、蘭学も少しできるらしいな」
若いの?
幼なじみが頭をよぎった。
「旦那に折檻どころか殺されるのを覚悟で来ていたよ。お前の仕事次第では、お前は私から自分を買い取ることもできる。私を儲けさせてくれるなら、それが一番だからね。お前は私を嫌うがね、私は金のためなら何でも割り切れるんだよ」
旦那は笑った。
本当に自由になれる?
でも、そんな、今になって。
「土下座されたよ。まあ、土下座位で私は動きはしないがね。お前さん、いい兄さんを持ったな。お前を弟だとあの若いのは言っていたよ。なんなら異国に行かせてやりたいんだと。さすがにそれは無理だかね、私でも」
旦那は笑った。
「私に囲碁で勝ったものなど、お前位しかいないしな」
ああ。
あの人は。
あちきは涙を流した。
本当になんとかしてくれようと、何でもしてくれようとしたんだ。
でも、あちきは。
もう、あちきは。
「なんだ、急にめまいが」
大旦那は頭を抱え、崩れ落ちた。
あちきが薬を盛ったのだ。
朝まで眠ったままだろう。
あちきは旦那をきちんと寝かせて、布団をかけた。
そして深々と頭を下げた。
この人が嫌いだった。
あちきを物として扱うことが。
でも、遊女じゃないあちきに値段をつけてくれた。
人としてのあちきの値段。
嬉しかった。
本当に嬉しかった。
「ありがとうござんした。あちきはもう、悪鬼になってしまいました。目をかけていただく価値はござんせん。でも、うれしゅうございます」
あちきは両手を合わせた。
あちきにも未来があったのだ。
でも、もう遅い。
遅いのだ。
あちきは髪をほどき、束ね 手ぬぐいで巻いた。
旦那の着物を着る。
そして、窓から二階の屋根に登った。
幼い頃から、幼なじみと屋根に登って遊んだ。
かんざしや、重い着物から解放されたあちきの身は軽い。
渋い色の旦那の着物は、闇にあちきを紛れされた。
あちきは泣いた。
嬉しかったのだ。
あちきは人間だった。
誰かと寝るためだけの遊女じゃなかった。
嬉しい。
でも、もう全てが遅い。
あちきはもう悪鬼になっている。
それでもあちきの胸は高鳴った。
あの人の元へ行こう。
あの人と死のう。
もうあちきには、死しか残っていなかった。
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