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満願成就な夜の過ごし方7

 殺さなきゃいけない。  アイツのためだ。  おれは刀を手にした。  本来ならばおれなんかがもっちゃいけない刀だ。  落ちぶれて、用心棒になり、とうとう酒で死んだ浪人が死ぬ前にくれた。   剣術を教えてくれた。   おれみたいな忘八稼業、女で喰ってる稼業の男に剣術を教えてくれる人は他にはいなかった。  「なんで剣を覚えたい」  酒を飲みながらオッサンは言った。  「守りたい」  まだガキだったおれは言った。  綺麗になっていくアイツの行く先が心配だった。  乱暴な侍が遊女の鼻を削いだ事件もあった後で。  そんな時に助けられる力が欲しかった。  「刀なんかで守れるものは少ねぇぞ、小僧」  オッサンは笑った。  「むしろ、守れるものなど、ほとんどない」  オッサンは言い切った。  今ならオッサンの言葉に賛成だ。  剣術なんかで何にも守れやしない。  何人も斬った。   アイツを攫おうとする奴ら。  アイツを汚い手を使って自分のもんにしようとする奴ら。  闇に紛れて斬った。  何人斬っても、結局、アイツを守れちゃいなかった。  「活人剣なんざクソだ」  用心棒のオッサンはそう言っていた。    「まだ、誰かのために斬る方がそんなお題目よりはマシだ」    だからおれに教えてくれたのかもしれない。  「自分の為だけに殺すな。それだけは守れ」  オッサンのたった一つの教えらしい教えだ。  オッサンは強かったとおもう 。  あんなに酔っぱらっているのに、いつも修羅場から帰ってきたから。  オッサンを 殺したのは酒だった。  血を吐いて死んだ。  死ぬ数日前に刀をおれにくれた。  守りきれてなかったとしても。  おれは今夜も、人を斬る。  他に、おれにもうできることなんてないんだ。  アイツは幸せにならなきゃいけない。  あんなに賢くて 、あんなに綺麗で。  生まれる場所さえ選べたならば、おれなんかとは違って、いくらでもどこかへ行けたはずなんだ。  杵屋の大旦那は約束してくれた。  身請けしてくれると。  これでいい。  これでアイツは幸せになる。  異国にだって行っちまうかもしれない。  だからおれは、アイツの邪魔になる者は斬る。    おれは夜道を歩くソイツに声をかけた。  「こんな夜中にどこに行くんで?旦那」  旦那は振り返った。  この狂った男が一番アイツの邪魔になる。  おれを育ててくれ 大恩ある方。  でも、あんたを生かしておけば、あんたはアイツを手放そうとはしないだろ。  杵屋の大旦那にはどうしても身請けしてもらわなきゃいけない。  「旦那には邪魔はさせません」  おれは杵屋の大旦那に請け負ったんだ。  自分で作った遊女に溺れた哀れな楼主。  おれ達の父親。  親と呼べるもんがいるならおれ達にはあんただけだ。  あんたを斬るおれはもう人間じゃねぇ。  「お前、先生のとこへ向かっているはず」  旦那はこの雲一つなく、綺麗に星が見える夜に傘なんか抱えていた。    「先にすることがありまして」  おれは言った。  

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