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満願成就な夜の過ごし方8

 あちきは手紙をばらまいていた。  二、三日後には届くだろう。  先生の真似をして、男の字で手紙を書き、男の名前を書いておいた。  これならば間違いなく手紙はとどくはず。  この町の遊女達、二十数名に。  中には御守り袋とただ一枚の手紙。  心中した遊女からの贈り物だと。  本当につらくなったら、この御守り袋に頼みなさいと。  きっと、明日、あちき達は見つかり大騒ぎになる。  遊女達は心中した遊女からの御守り袋を開けるだろう。  そしてそこに有るものを見つけるだろう。  油紙に包まれた、白い薬。  そして遊女達ならばわかるはず。  それが毒薬だと。  それで十分。  彼女達は使わないかもしれない。  でも、この町には毒をもとめてやまない人間達で溢れている。  この町に毒を放てば。  それは必ず使われる。  全部合わせれば、100人は殺せる量はある。  あちきに狂った医者が、あちきのためにくれたモノ。  あちきに飲ませることには失敗して、一人で死んでいったけれど。  あちきはこっそり薬をとっておいていた。  ほら、やっぱり、毒があるならば、この町では絶対に使われる。  結局あちきも捨てられず、とうとう使ったもの。  この町ほど毒をもとめている町はない。  梅毒に鼻が落ち、死を待ちながら痛みに泣き叫ぶ姐さんを楽にしてやろうと優しく毒は使われるのかもしれない。  もう辛い浮き世をはかなんでいる年増の遊女が飲むのかもしれない。  裏切った真夫を許せなくて飲ませる遊女がいるのかもしれない。  大事な客を寝取った若い遊女に飲ませる遊女もいるかもしれない。  使わなくても、誰かにこっそりと手渡されるだろう。   毒の存在は人間を蝕み、毒を使わせてしまうだろう。  沢山の悲劇がこの町で起こる。  それはあちきが引き起こす。  沢山の死がこの町で起こったなら。  短い間に、  どれだけの悲しみがこの町にあることを知らしめたなら。  こんな町について、遊女について、本当に考えてもらえるのかもしれない。  これはあちきの、精一杯のこの世への復讐なのだ。  ただでさえ、心中は心中を生む。  あちきの死自体が毒薬への誘い水となるだろう。  あちきは子供の産めない身体だけれど、沢山の死をもうすぐ生む。  あちきは悪鬼になってしまったのだ。  沢山死ぬ。  沢山死ねば、それがあちきたち以外をも巻き込めば。  何か変わるのかもしれない。

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