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終わりへと進む夜の過ごし方7

 男が刀を振り下ろそうとしたその前に、おれは地面に落ちていた傘を掴んで男の脚めがて振った。   男は傘なんかは気にしなかった。  当然。  そんなもので叩かれたところでなんともないからだ。   でも、傘は柄だけを残して飛んでいき、オレの手に残った柄を見て男は顔色を変えた。  刃が煌めく。  仕込み刀。  旦那の殺人道具だ。  おれから飛び退こうとしたが、おれは太股を斬りつけていた。  斬れた。  いい感触があった。  良く斬れるぜ、旦那。  辻斬りに使っていただけのことはある。  おれはゆっくりと立ち上がった。    男の袴は切れ、血が流れだしていた。  でも、残念だ。  おれはこの傘を使うつもりだった最初から。    どこかのタイミングで拾って油断させたところを仕留めるつもりだった。  でも、脚を斬りつけはしたがそれだけだ。  こっちは手、あっちは脚。  これで五分五分だ。  いや、こっちは随分前から血を失っている分、不利か?  でもこちらは止血をしてるがあちらは流れたままだ。  どちらにしても、まだ決め手にはならない。    「この私に傷をつけるのか」  男は本当に楽しそうに笑った。  何が楽しいんだよ、こんなもん。  おれもそれなりに人を斬ってきたが、楽しいなんて思ったことなんかねぇ。  「強さを求めたこともないのだろう、およそ武士の剣とは全く違う。面白い」  男の言葉に付き合うことにした。  次の手を考えるまで、話をする  「ねぇ、な。相手を殺しておれが生き残ることしか考えてねぇ」  男はオレの答えに嬉しそうな顔をした。  「そんな君が、道を説くくせに私に触れることも出来なかった連中とはちがって、私に傷を負わせた。愉快じゃないか」  そんなことはどうでもいい。  男がまるで親友でもあるかのようにおれを見てるのもどうでもいい。  本当のこと言えば、もう、おれの命もどうでもいいんだが、例え亡骸でもアイツのそばに行ってやらなきゃいけないから、オレは生き残らないといけない。  アイツが馬鹿やる度に「だから言ったろ」、そう言ってやんのがおれの役目だ。  凹んだアイツの隣りにいてやんのがおれの役目だ。  小さな頃からそうしてきたんだ。  「あんた、どれだけ殺したことあるんだ?」  おれは時間稼ぎに聞く。  血を出来るだけ流れさせろ。  「彼が初めてだ」  あっさり男は言った。  初めて人を殺して、この平静さ。  殺人に快楽を感じていた旦那よりもこちらのがいかれてるのは間違いない。  いや、嫌だ嫌だと思いながらも、斬ってきたおれが一番いかれてるんだ。  「で、どうだ。面白いか」  おれは聞く。   答えなんてどうでもいい、時間を稼ぐ。  「いや、殺すのよりも、君とこうしている方が楽しい」   熱烈な告白を受けた。  おれは頭の中のアイツに囁く。    どうやらお前より、おれのがいいらしいぜ。  でも、こっちはゴメンだけどな。     こっから先は、気力と根性と運だ。  オレは切りかかった。    刀で流される。  向こうの刀がくる。   よける。   顔の皮膚を斬られる。  でも、避けれた。  脚を斬り、血を多量に流れさせたのは十分効果があったようだ。力を削げた。  望みが生まれたなら、もう諦めない。  おれはまた斬りかかる。  蹴りも混ぜていく。  こちらの攻撃は当たらないが 男の攻撃もかするだけだ。    皮膚や、少し位の肉ならくれてやる。  おれは気力を振り絞り、刀を振っていく。  ここにきておれは片手での闘い方が分かり始めてきた。  ほら、男の頬に初めて刀がかすった。  おれの攻撃が、当たり始めたのだ。  男の髪が切れた。  届く。   届く。  おれは恍惚と刀を振った。  もはや痛みさえ感じない。  男もそれは同じだった。  確かにその瞬間、おれは男のことしか考えなかったし、世の中全てがどうでも良かった。  楽しいかどうかは、わからない。   でも、確かにそれは、特別な瞬間だった。  決定的な一撃だけは避けながら、おれ達は斬りあった。  でも、それには終わりがくるのは分かっていた。  男の刀がおれの指をかすめた。  おれの左手の親指がとばされた。  これでは、もう、刀がにぎれない。続けられない。  「楽しかったよ」  男は笑った。  おれは刀を下ろした。  刀ももうまともに握れない。  おれは刀を下ろし、男を待った。  「こんなに面白かったことはなかった」  男はにっこりと笑った。  おれも多少は否定出来ない。  アイツを殺した男だというのに 、何か絆みたいなもんを感じてしまっているのも。   「君は強かった」  男はオレに告げた。  真剣な顔で。  「そうか。満足したか」  オレは言った。  「とっても」   男は頷き、刀を正眼に構えた。   喉に向かって刀が向けられている。  そうか。   そうか。  男の刀が動いた。    喉に向かって伸びてくる刀をおれは手首を失った右手で受けた。  右手は刀をめりこませ、縦に、肘のところまで真っ二つに裂けた。   でも、刀は止まった。  そしてその一瞬におれは、左手の刀で喉を切り裂いた。  親指はなくても、勢いをつければ喉の皮膚を斬ること位は出来た。  ただ、手にした旦那の仕込み刀はまるで誰かが斬るのを助けてくれたようにも思えた。  旦那だったのかもしれない。  自分を殺したおれよりも、アイツを奪ったこの男の方が憎いだろからな。  血を吹き出しながら男は倒れていく。    いくら使えなくなったからって、右手をこういう風に使うとは思わなかっただろ?     右手を斬らせて喉を斬るってやつだ。     今おれが考えたことわざだ。  おれは倒れた男を見下ろした。    男は笑った。  本当に楽しそうに。  そして死んだ。    そうか、そんなに楽しかったか。  良かったな。  おれはアイツの元へ向かった。    アイツのとこへ行ってやらなければならなかった。               

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