104 / 126

戸惑う夜の過ごし方5

 この男の子は悪いモノの影響をすごく受けているけれど、まだ悪いモノになりきってはいない。  悪いモノはあの男の中にいて、もうあの人に溶けきっている。  あの男の精を受けていることが、身体に影響を与えているけれど。  わたしは、椅子に縛られたまま、裸の男の子に言った。  「兄様ならきっと助けてくれるわ。お父様だってきっと」  わたしの言葉に男の子は首を振った。  「ダメだ。オレはあの人から逃げられない・ ・・それにオレは、あの人を手伝ったり、それにオレは死体相手に・・・」  男の子は吐いた。  黄色の液体がベッドの下に広がる。  「オレ何も食べてないし、飲んでないし、でもなんともないんだ、ケガしても治るし」  男の子は怯えていた。  多分、悪い夢の中にいたの。  わたしが、あの女の人が殺された時に、スイッチを切っていたように、この男の子もスイッチを切っていたの。  そして今スイッチがまた入ったの。  「悪いモノの精気を受けているからよ、きっと多分離れれば・・・」  わたしは言いかけて悩む。  受けた精気の影響は完全になくなるのだろうか。  兄様は去年神の精気を受けた。  結果、増大した兄様の力は今もそのままだ。   男の子はまた吐いた。  「オレはもとに戻れない。オレは楽しんだ。楽しんだんた、殺しも、アレも 、あの人に抱かれることも」  男の子は裸のまま震えていた。  背中が見えた。  ひどい火傷の痕が広がっていた。  わたしのスイッチはわたしはわたしの中に入り込むことなんだけど。  わたしの中にある部屋に入ってしまえば、何を見ても、何をされても遠くに感じるのだけど。  今は出てきているので火傷の痕を見て思う。  ひどい。  こんなに沢山。  わたしは息を呑む。  「これはあの人じゃない」   男の子は言った。まるであの悪いモノを庇うように。  この男の子。  わたしはわかった。  この子もずっと捧げられて来たの。  生まれた時から、誰かに必要な苦痛を捧げるために。  この子の苦痛が必要な人のために。  わたしと同じ。   わたしも町の幸せのために捧げられるように生きてきた。  そしてこの男の子には、わたしと違って兄様はいなくて。  助けに来てくれた、お父様や  さんや、あの人はいなくて。  現れたのは悪いモノだったんだ。  「わたしが守ってあげる。わたしが助けてあげる」  わたしは決めたの。  男の子が作ってくれたご飯はおいしかった。  お腹がすいたと言ったなら、冷蔵庫にあるもので男の子がつくってくれたのだ。  昨日女の人が殺されたリビングだ。  殺された女の人の死体は空いている部屋に運ばれていた。  血の後はバスタオルで覆われていた。  わたしはしっかり食べる。  「誘拐されてるのによく食べれるなぁ」  男の子は呆れたように言う。  「生きて帰るためにはしっかり食べなきゃ」  わたしは答える。   チャーハンはおいしかった。   「お料理上手なのね」  わたしは男の子に言う。  男の子は誉められたらすぐに顔を赤くした。  「小さい頃からしてるから」  男の子は微笑んだ。  無表情な顔が色づく。  「あなた笑顔がステキなのね」  わたしが思ったままを言うと、男の子はさらに顔を赤くした。  シャワーを浴び、服を着た男の子はドラマにでも出てくる俳優さんみたいに格好良く見えた。  わたしがご飯を食べおわり「ご馳走さまでした」と言うのを不思議そうに男の子はみていた。  「どうしたの?」  わたしは尋ねる。  なにかお行儀の悪いことしたかしら。  「いや、本当にいただきますって言って、ご馳走さまで終わる人間がいるんだなぁって」    男の子が言った。   そんなに珍しいのだろうか。     わたしは兄様に教えられたようにしているだけなのだけど。   「何だろう、お嬢様なんだろ、お前。そんなことするし 、お行儀も良いし、言葉使いもいいし。でも何で怖がったりしないんだ?オレはあの人に拉致されてからは怖かったし、今でも怖いのに」  男の子はテーブルの向こうから、わたしの髪をなでた。  まるで、わたしが本当に存在しているのかを確かめるように。  「わたしはね、殺されるために育てられていたの。去年お父様達が来ていくれて助けてもらうまで。お父様はわたしを助けた上で、わたしを子供にしてくれたの。だから、慣れているの」    わたしは答えた。  「本当の親じゃないのか」  男の子は呟いた。    「本当のお父様やお母様は、わたしを引き渡したわ」  悲しいとも思っていない。だってそいうものだったのだから仕方ないじゃない。  男の子は目を見開いた。  優しい目。  兄様がわたしに向けるような。  「なぁ」  男の子がおずおずと言った。  「お前に触っていいか?」   「いいわよ」  わたしは頷いた。  男の子は怯えているのだ。  人の暖かさが欲しいのだ。  男の子は、立ち上がり、背後から椅子ごとわたしを抱きしめた。  「暖かい」  男の子がわたしの耳元で囁いた。  「あなたは冷たいのね」  男の子の体温は随分低かった。  「オレ、まだ生きてるんだろうか」  男の子はつぶやく。  「大丈夫」  わたしは男の子がわたしに回した腕に自分の手を重ねた。   「わたし達 、一緒に生きて帰るのよ」  男の子は返事はしなかった。  まだためらっているようだった。  でも、わたしは決めていた。  この男の子とお家に帰るの。 

ともだちにシェアしよう!