車は間違いなく、僕を狙っていた。 　眩しいライト、フロントガラス向こうの無表情な若い男の顔。 　エンジン音。 　僕は乗り込もうとした教授の車とこの車に挟まれて肉片になると思った。 　こんな時には僕の力なんて、なんの意味もない。 　フロントガラスの向こう、無表情なまだ少年としか言えない顔。 　目。 　いや、奥にいる。 　本当のこの少年は身体の奥にいる。 　隠れている。 　誰から。 　何から。 　車がもう数センチ先に。 　僕は死ぬ。 　 　僕はその瞬間、妹でも、死んだ姉様でもない人のことを考えた。 　片腕のあの人のことだった。 　僕の身体は宙を飛んでいた。 　ハネられたのかと思ったのだが、ぶつかった衝撃はなかった。　 　地面に叩きつけられる。 　教授の車がぐちゃぐちゃに潰れるのも、僕を狙った車がクチャクチャの紙コップみたいになるのも、僕は転がされた地面でみていた。 　「大丈夫か、兄さん」 　悪鬼が駆け寄る。 　「あなたが助けてくれたの？」 　「いや、この身体、たいしたもんだわ」 　悪鬼はあの人の片方しかない腕をふりまわした。　 「とっさに投げて、おれも跳んだんだが、けれど、まさか本当に片手一本で投げれるとは思わなかったぜ。この兄さん、相当 の鍛錬を積んでる。それも毎日な」 　言われてみれば、あの人の腕は、出会った頃よりはるかに太くなっていた。 　「あんたを守るためなんだろうな」 　悪鬼は言った。 　「うん」　　 　僕も頷く。 　「あの人のすることのほとんどが僕のためだから」　 　僕は答えた。 　何もかもが当たり前のように。 　全てのことが僕を中心に回っている。 　「若干、怖いな」 　悪鬼が醒めた声で言った。 　「うん」　　 　僕も頷いた。 　本当に。 　わかってもらえてよかった。 　僕は僕を狙った車へと駆け寄る。 　あの少年は生きているだろうか。 　そして、僕は無惨な死体を見る。 　悪いモノの気配はしたんだけど。 　この少年に入っていたんだろうか。 　少年に駆け寄ろうとした僕をマスコミのフラッシュが襲い、警察のサイレンが聞こえた。 　マスコミに警察。 　これでは、　　さんと殺人鬼の会う場所に行けない。