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眞央が店長を務める星ノ空支店は地方都市にある。
ショップの表玄関は自動車の交通量のある騒がしい道路に面しているが、ショップの裏に回ると、その裏側には青々とした小さな田園風景が広がっている。
その小さな田園風景とショップの裏の外野の間にはちょっとした空間があり、そこに小さなベンチと灰皿が置かれた、簡易の喫煙コーナーが設置されてある。
ショップで勤務する従業員たちの喫煙する姿を客や近所の住人などに目撃されると、たいてい喫煙に対する苦情(喫煙する行為自体に)が寄せられるため、人目につくことがないこの場所に喫煙コーナーが設けられた。
勿論、従業員からも喫煙自体を禁止する声が上がったが、ストレスが溜まる営業職の一部の社員からのたっての願いがあり、喫煙コーナーを誰の目にも留まらない場所、誰の迷惑にもならない場所に設置することで喫煙コーナーの存続が決まった。
裏口から喫煙所にやってくるなり、眞央はベンチにドカッと腰を下ろし頭を抱えた。
《どうしよう・・・ゲイだってバレた・・・しかもこれ以上ない最悪な形で・・・てか、あの女・・・一体、何者なんだよっ!》
眞央には確かに過去に既婚者の男とワンナイトを楽しんだという事実があった。
しかし、その相手が先程平手打ちを食らわされた女の亭主だったのかどうかまでは何も見当がつけられない。
なぜなら、その既婚者の男とはゲイ同士が簡単に出会えるアプリを使った《その一瞬だけを楽しめば良いだけの》出会いで終わったことで、あの女が主張したような家庭を壊すような真似をした覚えは一切心当たりがなかったからだ。
確かに既婚者と一回でも体の関係を持った自分の行動が無責任で愚かだったのかもしれない。
しかし、眞央にとって見ず知らずの相手とするセックスはただの己の性のはけ口、ふたりでする自慰行為程度としか考えていなかったのだ。
だから、そんな行為がのちにこんな大事になることなど全く予想していなかったのだ。
眞央は、体だけの割り切った付き合いしかしないと心に決めてある。
それは、その選択がゲイの自分にとって一番の良い選択だと過去の経験から学んでいるからだ。
眞央は大学時代に失恋を経験している。
その経験は眞央のそれまでの考えを一変させた。
深く付き合ったところで、ゴールに意味を見出せないゲイの恋愛は何の意味も持つことはない。
どれだけ一所懸命に愛しても、最後に自分に残されたものは、明日を迎えることが苦痛としか思えないほどの孤独の毎日。
そして、それをただ乗り越えていく繰り返し。
何年もかけて、やっと乗り越えた今、眞央は二度とあんな苦しい思いをするのはごめんだった。
だから、眞央は仕事だけを生きる糧にした。
仕事で結果を出せば、自ずとそれは自分の実になるからだ。
最後に信じられるのは自分自身だけ。
だから、他人の家庭を壊すほど恋愛にのめり込むことなど全くと言って良い程なかった。
なのに・・・。
《どうして、こんなことに・・・!
クソ・・・オレが今まで築いてきた信頼をどうしてくれるんだ・・・!!》
眞央が勤務する会社『BSC』は全国で中古車自動車の売り買いを展開する大手会社のひとつだ。
そのひとつの店舗を30才の若さで任されているのは異例のスピード出世だと言って良い。
眞央の能力を本社で高く評価していることの証だ。
《ここまで完璧に生きてきたつもりだったのに・・・》
眞央は自身がゲイであることを身内や友人など今まで誰にも打ち明けたことがない。
言わば、一生クローゼットとして生きいくと決めている。
眞央は自分がゲイだというアイデンティティが自分の一番の弱点だと思っているからだ。
失恋で絶望した日々。
そうさせたのは、全てゲイとして生まれてきたアイデンティティのせいだと思っているからだ。
《「女にモテない」、「結婚に興味がない」。
そんな適当な言葉で、恋愛の話になるとみんなをはぐらかしてきたけど、さっきの女の一言で「ああ、やっぱり」って思われたよな・・・てか、こんな騒動を起こしておいてこのままで済むわけがない・・・》
「どうすんだよ・・・やっぱり辞表提出だよな・・・辞めてどこ行くんだよ・・・誰も知らない街に行って今更やり直し・・・」
眞央は嘆くように呟いた。
「人生詰むの早いだろう・・・」
眞央がその言葉を吐露したと共に裏口の扉が開いた。
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