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倫平が眠っている隙に部屋を抜け出した眞央は、そのまま自分の車を運転して、ある埠頭にやってきた。
夜になると、目の前に掛かる大きな橋がライトアップで照らされ、地元ではロマンティックな夜景スポットとして、ドライブデートに最適な場所として有名な埠頭だった。
今は平日のまだ陽が明けたばかりの早朝のせいか、眞央以外の自動車が停車している様子は全くなかった。
眞央は色んな想いを胸に抱きながら、ぼんやりと目の前に広がる風景を運転席から眺めていた。
眞央は以前、この埠頭をよく訪れていた。
生まれて初めて彼氏が出来た時もその彼との恋が壊れた時も彼を失って彼を恋しいと何度も思った時も幾度となくこの埠頭を訪れた思い出の場所だった。
眞央は地元の大学に進学した時に人生で初めての恋人が出来た。
その相手は同じ大学に通う同じ学年の男だった。
その男もまた、上品な顔立ちをしていて、決して眞央の好みのタイプとは言えなかった。
積極的に口説いてきたのは、向こうの方だった。
後で聞いた話によると、眞央が訪れたゲイオンリーのイベントで、眞央を見かけ、ゲイであることを知り、タイプでもあったので口説いてきたということだった。
ふたりの関係は大学を卒業する間近まで続いた。
その男に対して、最初はそれほど関心がなかった眞央だったが、初めて出来た恋人だったせいなのか、彼しかいないという刷り込みのような恋愛関係に発展してしまったせいなのか、
関係が長く続いていくにつれ、相手よりも眞央の方が相手を思う気持ちは大きくなっていった。
その相手の男もまた幼いころから自動車が大好きだった。
その男の一人暮らしの部屋に遊びに行くと、模型の自動車やレア物のミニカーなどがインテリアとして飾られており、実家の方にはまだたくさんのコレクションがあるとよく自慢されていた。
眞央は自動車になど全く興味がなかったが、その男にもっと愛されたい、もっと必要とされたい、そんな思いがどんどんと膨らんでいき、気が付けば、全く興味がなかった自動車についてあれこれ調べるようになっていった。
自動車の製造年代、車種、エンジンの大きさ、限定色など、その男に自分は特別な相手なんだと思われたいがために、自動車についての知識を色々と深めていった。
皮肉なことに、この時に覚えた膨大な知識が中古自動車の買取査定の時には必要で、この半端ない知識量が眞央を店長まで押し上げた一因となった。
勿論、自動車の運転免許も取得したし、勉学に励むことが大学生の本分だからとアルバイトで稼ぐお金で自動車の購入を反対する両親に頼み込んで、自動車の購入ローンを組む際の保証人にもなってもらったのも、全て愛したその男がいたからだ。
全ての努力はその男に永遠に愛してもらうため。
その時の眞央はその相手が人生そのものだった。
その交際相手とは運転を交代しながら、よくドライブデートに出かけた。
この埠頭にも良く訪れた。
お金もなかったし、男同士デートする場所も少なかったからだ。
それでも眞央は幸せの絶頂だった。
眞央は彼さえいれば、この世に何もいらないと思っていた。
彼に愛され続けるのであれば、全てを捧げる覚悟があった。
しかし、その男との恋愛はあっけなく終わる。
東京に本社を置く大企業の重役の息子だった、その交際相手は、卒業と同時に系列の会社にコネ入社するという。
将来の展望などこれと言ってなかった眞央は、彼についていくつもりで、東京で就職するつもりでいた。
が、それは迷惑だとはっきり告げられてしまった。
眞央との付き合いは、自由の利く大学生活の間だけを楽しむ間柄であって、その先はないし、その先を望まれても困るとはっきり言われてしまったのだ。
眞央は最後に尋ねた。
「オレ達が男同士だから?」
「その通りだ。
俺は将来、女と結婚する。
だって、それがまだ世間の常識なんだから」
眞央はそのまま地元に残った。
傷心の毎日を泣いて過ごした。
泣いても泣いても涙が止まらない毎日だった。
そんな状態だったせいか、就職活動も儘ならないまま、大学生活を終えるかもしれないと思った時、今の会社『BSC』の求人広告が目に入った。
その相手との恋愛で眞央に残されたものは、永遠なる未来でも終わりがこない幸せでもなく、ただその男を喜ばす為だけに必死で覚えた自動車についての豊富な知識だけだった。
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