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『BSC』星ノ空支店の一日の業務が終わった。 「お疲れ様です」の掛け声の下、従業員らが次々と帰路につく。 その帰路の波に属することなく、倫平はショップの裏にある喫煙所に居た。 業務が終わった後に喫煙所に来るように眞央のスマホにメッセージを送信しておいたからだ。 眞央が遅れて姿を現した。 「みんな、帰りました?」と、倫平。 「ああ」 「じゃあ、業務も終わったし、プライベートなことを話しても大丈夫ですよね?」 「・・・・・」 「俺、なんかしま・・・」 「お前、鬱陶しいよっ」と、倫平が言い終わる前に、眞央が先に口撃を仕掛けた。 「はあ?」 「お前、言ってたよな? 恋愛が面倒くさいって。 自分の気持ちに対して、いろいろ聞いて確かめてくる元カノが鬱陶しいって」 「・・・・・」 「お前、まさに今それだよ」 「・・・・・」 「もっとクールな奴だと思ってたわ」 「何言ってるんですか?」 「悟れよ」 「・・・・・」 「お前のこと、ずっと無視してんだから」 「・・・・・」 倫平は突然よく分からない感覚に陥った。 眞央が何を言いたくて、どんな言葉を口にしたのか? それがなにひとつとしてよく理解できない、そんな感覚だった。 もっと言えば、耳にはちゃんと届いているはずなのに頭の中に眞央の言葉が全く入ってこない。 言葉の意味は解るはずなのに理解することを体全体で拒否している。 突然、脳の動きが停止したんじゃないか?と疑いたくなるぐらい、眞央の言葉がどこかの外国語のように意味不明に聞こえて、今、自分の中で一体なにが起こってしまったのか説明が出来ない、経験したことのないおかしな感覚に陥っていた。 「それじゃあ」と、踵を返す眞央。 「いや、ちょっと待ってくださいよっ! なんなんですか、それっ!! 俺の話も少しは聞いてくださいよっ! 俺が何かしたんですか? だったら、言ってくださいよ!」 眞央は振り返った。 「お前、自分で言ってただろう? 相手なんていくらでもどこにでもいるって。 だったら、セフレの男なんかどうでも良いことだろう」 「・・・・・」 「オレとはもうお終い。 そういうことだ。 さっさと次探せ」 眞央はショップに戻る裏口へと足を進めた。 「良い人でも見つけたんですか!」 「・・・・・」 「不倫相手とよりを戻したからですか!」 「・・・・・」 「だから、俺は急に用なしになったんですか!」 「・・・・・」 「・・・俺のことをどう思ってたんだよっ!!」 倫平は最後、訴えるように心の底から叫んだ。 しかし、眞央は一度も足も止めようとせず、何も答えようもせず、そのままショップに戻っていた。 残された倫平はベンチにドカっと腰を下ろした。 なぜか、急に両足がガクガクと震えてくる。 《なんだ、これ・・・?》 倫平は今、自分自身に起きている状況がよく分からなかった。 《なんだよ、この震え・・・? なんで、足の震えが止まらないんだよ・・・?》 倫平は足の震えを止めようと両手で膝を押さえる。 すると、自分の手の甲に水滴がいくつも落ちてくる。 「!」 倫平の瞳から大粒の涙が零れ落ちている。 《はあ!? 俺、泣いてる・・・? 泣いてるのか・・・?》 それに気づいてしまうと、涙が止まらなくなってしまった。 《なんでだよ、なんで泣いてんだよ・・・!!!》 倫平はその涙の意味が全く分からなかった。 しかし、足の震えも止まらず、立ち上がることも動くことも出来ない倫平はその場でただ泣き続けるしかなかった。

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