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第3話
しばらく深夜残業、休日出勤のコンボだったが、大きなプロジェクトが終わったので、やっと一息つける。定時よりは遅い二十時には帰宅できるめどが立った。
「お疲れ様でーす」
荷物をまとめてよろよろしながらも席から立った雅は、残った社員に声をかけた。
「あ、ねえねえ」
同期の女子社員が、小走りで駆け寄ってくる。
「これからみんなでおつかれさま会するんだけど、一緒に行かない? 人気のお店なんだけど、ダメもとで電話してみたら当日キャンセルで席が空いてたみたいでー」
「ごめん、くっそ眠いから帰って寝るわ」
あくびをかみ殺しながら言うと、女子社員は残念そうにうなづいた。
「そうだよねー。残念だけどまたね」
「おー、また誘って」
女子社員に手を振ると、雅は会社から出た。飲みに行くのも悪くなかったが、死ぬほど疲れているときは生存本能をくすぐられるのか、無性に性欲が高まる。
「同性同士だから、生存本能無駄死になんだけどねーっと」
近くの公園の木に寄りかかって、スマホを操作する。ビジネス街の中の公園には遅い時刻なので、人気はまったくなかった。
藤馬を誘えば手軽でいいのだが、確か今日は大学のサークルの飲み会だったはず。
急な誘いだったが、一人つかまった。先日最中に藤馬が乗り込んできた相手だ。
――僕以外のちんこ口とケツに入れたら殺すから♡
藤馬の言っていたことが頭をよぎったが、雅は頭を振って振り切った。
(どうせバレやしねーだろ。つーかなんで藤馬のことなんか気にしてんだ、オレ!)
「おいクソビッチ」
いきなり不名誉な言葉を投げかけられ、雅はまなじりをつりあげて相手をにらみつける。
「は? つーか、誰だよお前……」
がん! と藤馬の足が雅の顔面の横にケリつけられる。
壁ドン足バージョン。
「ひっ! こんなとこまで足上がんのかよ! 長くていらっしゃるんですねー! てか、なんでここに……!」
足を下ろした藤馬は、雅の顔の横の壁に手をついて、顔を近づけてきた。笑顔なのに、声色も優しいのに、ものすごく怖い。正直漏らしそうだ。
「調教足りなかったー? ねぇ僕言ったよね?『僕以外のちんこ口とケツに入れたら殺すから♡』って。頭ゆるゆるでセックスのことしか考えてないから、忘れちゃったかな?」
声を低くして、藤馬は耳元で囁く。
「……死にたい?」
「死にたくない、死にたくない!」
ぶんぶんと雅は必死に首を振った。今まで生きてきて、こんなに必死に首をぶん回したのは初めてだ。命乞いしたのも。遠心力で首がちぎれるかと思った。
まだ約束しただけで、未遂。しかもなぜそのことがバレているのか分からないが、今追及するのは怖い。
それはおいおい隙をみてさりげなく聞くとして、今はこの場を治めるほうが無難だ。
「まぁ、それはかわいそーだし、去勢にしとこっか? 僕は穴があれば事足りるし、玉切り取っちゃえば、そのクソな性欲もクソみたいな貞操観念も多少マシになるよね? 選んで?」
にこっと藤馬はさわやかに笑った。好青年の見本のようなさわやかさで。
言っている内容はそら恐ろしいのに、「今夜の晩御飯のメニュー何にする?」とでも言っているような言い方だ。
だがそう簡単に許すと思えなかったし、逆にそのさわやかさが怖かったので、ひるみながら、
「な、何を?」
「去勢のやり方。焼くか、切り取るか。焼くなら雅の持ってるライターで今できるね。切るほうがお好みなら、家帰ってからだけど」
「どっちもやだよ!」
雅は即答した。
使わないならいらないだろ? なんて単純なもんじゃない。あるかないかで、男のアイデンティティが違うし、というか単純に痛いから嫌だしどうするんだよ、トイレ。
藤馬はぶつぶつ呟きながら考え込む。
「本当は監禁したいんだけど、僕まだ養えないし、仕事楽しそうだから可哀想だし。あ、でもバイトすればいけるか?」
(こ、こぇえ…! こいつまじでヤバイ……!)
「ごめん。もうしないから、許して? オレ、やっぱお前じゃないともうマンゾクできない」
雅は自分でもかなり気持ち悪かったが、目をうるうるさせて上目づかいで藤馬を見上げた。
(なーんて。こんなんじゃ引っかかんねーだろーな。男の俺がやったところでキモイし、こいつも馬鹿じゃないだろうし……)
「……仕方ないな。今回だけだよ? 次は本当に許さないから。監禁だから」
(バカだった―! 物騒なワード聞こえたけど、とりあえずこの場切り抜けられたらいいや)
雅はほっと溜息をついて、にこっと笑った。
「じゃ、とりあえず家帰ろっか。仲直りエッチしよ?」
正直ムラムラもすっかり藤馬の恐ろしさで萎えたが、一回やらせれば満足するだろう。そう思ったのだが。
「仲直りエッチは賛成だけど、家は帰らないよ?」
「は? じゃどこで? ホテルでもいく?」
「ここでいいじゃん。我慢できないし」
「お前バカなの!?」
少し歩けばめちゃくちゃ人通りあるんだぞ!?
キスくらいなら許容範囲だが、万一見られでもしたら下手したらお縄だ。貞操観念に問題があるのを自覚している雅ですら、外でやろうと思ったことはない。リスクを背負ってまでやりたくないから。
「人に見られそうだと思うと興奮する♡」とかまったく理解できない。
「藤馬、お願い。近くにホテルあるからそこ行こ?」
雅の決死の懇願に、藤馬はいかにも渋々といった様子で頷いた。
「仕方ないな。じゃ行こうか」
「よし! じゃすぐいこ、今行こ!」
雅は藤馬の気が変わらないうちに、と手を取ってホテルへ向かった。
「……捕まったら雅ちゃんが社会的に抹殺されて僕だけのものになると思ったんだけど、まぁいいか」
……恐ろしい言葉が聞こえてきたのは、気のせいだと思う。
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