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第7話
男を抱いた経験はない。
「...あ、あぁっ、ん、そこ、いや、や、嫌やぁ」
「嫌じゃねぇだろ?」
後ろから突き上げ、汐月の股間へと手を伸ばすと、はち切れそうな程膨らんだペニスがあった。
丈晃の指はぬるぬるとした液体で濡れ、達したのか先走りなのかも分からない。
「まっ、待ってや、またイってま、う、ふ、あぁッ」
そうか、知らぬ間に一度達していたから濡れているのか。理解した丈晃は、腰を大きくぶつけた。
繰り返し抱いた感想は、もう女は抱かないだろう。それに尽きる。
理由は単純に汐月が男だからだ。
思春期のあの青臭い拗れた思いは、浮上する予定はなかった。自分でも驚く様な現状に、無意識に口元だけで笑った。
「...っ、汐月...、キツい...」
「あ、あ...っ、」
偶然再会して、同じ想いを抱いていたと知っただけだ。それだけで大人気なく歳下の彼を振り回している。
温かく締め付けられる感覚に目を閉じて射精していると、ぶるぶると震えていた彼の腰がぺたりと布団に落ちていった。ずるりとペニスが抜けると、なんとも言えない淋しさを感じてしまう。
三十近い男の尻とは思え無いほど小振りで愛らしいそれは、潤滑剤でいやらしく濡れて光っている。布団にうつ伏せになっているせいで、開いた足の間には身体に押された膨らみが見えている。
当然だが、女性が全裸でうつ伏せていて見えるものでは無い。明らかに男だ。
(こいつにしか反応しねぇから、ゲイって訳じゃないんだろうな)
初めて知る自分の本性。我ながら楽しくて仕方ない。
丈晃はぐったりと伸びている汐月の上に乗り上がると、濡れた尻を手で割開き、新しいコンドームを装着させたペニスを押し当てた。
「え?ちょ、やめてや!もう無理やってっ」
「マグロになってりゃいいから。そのまま伸びてろ」
若かりし頃、生活の中の何よりも性欲が勝っていた日々にはよくある事だった。だが、この歳になってこんなにも衝動を抑え込めないなんて。
白い尻の中に沈んでいく凶暴な自分のペニスを見つめながら、迫り上がる興奮を我慢できない。
手加減してやりたいと思っているのに、汐月が意識を失うまで彼の中から出てやれなかった。
布団と丈晃の下から這い出た汐月は、唾液を飲み込んだ喉を押さえた。
(喉やられてる...)
原因は喘ぎ過ぎと設定温度が低過ぎるエアコンだ。
水色のカーテンは安物なのか生地が薄く、真夏の太陽が室内でも眩しい。
立ち上がろうとすると、身体のあちこちが軋んで痛い。特に酷いのは腰と尻だ。
和室の畳に直に敷かれた布団は薄く、体躯のいい丈晃に乗りあがられると衝撃の全てを汐月の身体が受ける事になる。
(尻...!オレの可愛い自慢のお尻やのに...っ)
身体と同じでかなりキングサイズな彼のそれが長時間挿った後は、開きっぱなしになっていないかと本気で不安になる。それに加えて、丈晃はかなり獰猛な抱き方をする。大きな手で汐月の尻を鷲掴みにするし、掴んだまま大きく揺さぶり掻き回すのだ。
汐月は狭い浴室に入ると、シャワーを浴びながら自分の尻をチェックした。
腰を捻って見える範囲だけでもかなり酷い。
彼の指が食い込んだ跡が赤く残っている。
(...ほんま...。あのたけちゃんと同一人物やとは思えんで。人違いちゃうんか...)
温度を低くしたシャワーなのに、首筋や肩までがチリチリと痛む。
そんな所まで引っ掻かれたのだろうか。思い出そうとしてもそれは無理で、汐月は激しいセックスに振り回される疲労感を流した。
初めて抱かれたあの夜から、頻繁に肌を重ねている。
無言の脅迫のように始まったあの夜、一切の抵抗を許さないと強いられた気分だったのに、加減のないセックスは不自然さを感じさせなかった。
翌朝目を覚ました時には、丈晃は部屋にいなかった。
感情に任せて行為に及んだせいで逃げたのだと思ったのだが、その夜にはまた汐月の勤務先に来た。
前日の夜とは違い、言葉少なで大人しい彼は、汐月に触れようとする度に手を止め、辛そうにしていたように見えた。
もどかしい様子に、思わず自分から誘ってしまったのだ。
(せやて...。あの時はなんか、可愛かったんやもん..。別に心配なんかせんでも、オレは男やから結構頑丈やのに)
それからは、ズルズルとセフレの様な関係が続いている。
週に三度は汐月の上がり時間に店の前にいる。夕飯を食べてどちらかの家に行き、翌日が勤務ならばそこそこに加減をしたセックスを。汐月が翌日休みだと、今回の様に全く加減のない抱き方をしてくる。
風呂から出た汐月は、小さな洗面所の鏡の中の自分を目にして驚いた。
首筋や肩に無数の痣が出来ている。それはキスマークと言うよりは、噛みついた跡のようだ。鬱血の酷い箇所は血が滲んでいる所もあった。これではぬるいシャワーも沁みて痛むはずだ。
「...な、んやねんこれ!」
「何騒いでんだ」
背の高い丈晃が顔を出すと、出口を塞がれたように見えた。
「アンタのせいやん!これ何?こんなん、つけていいとかゆーてへんでっ」
「それよりほら、美月(みつき)から電話」
汐月の携帯を差し出して渡すと、下着だけの姿だった彼は全裸になって風呂へと消えた。
姉の名前を目にした汐月は、短い溜息をついて震える携帯を耳に当てた。
「はいはい、ねーちゃん、なんの用?」
《しづ!久し振りや〜》
寝不足の頭に響く高い声に、思わず携帯から顔を離した。
スピーカーにして和室へと戻る。
「久し振りて、正月に会ったやん」
《あんたなにゆーてんの。正月は冬やで。もう夏やんか》
「あぁ、はいはい。ほんで?用件はなに?」
《もう、ほんま冷たい弟やな!お姉ちゃん元気にしてる?とか聞いたらどないなん?》
「もーー、ええから、はよ話しぃや」
風呂に入ってさっぱりとした後は、本格的に寝ようと思っていたのに。鬱陶しさから大きな声で告げると、来週泊まりに行くわ。と目の覚める一言が聞こえた。
「...な、なんて?」
《せやから、来週末!金曜の夜から泊まらせてや。あんただけ、たけちゃんと遊んでるんやろ?独り占めするんなしやで!》
何故姉が丈晃の事を知っているんだ。
髪を拭いていた手を止めて固まっていると、後ろから伸びた手に口を塞がれた。
「ん?!」
《ちょっと、聞いてるん?しづ!》
「聞こえてるよ、美月」
《え?なに、誰?》
あろうことか、丈晃が姉に返事をした。
「なんだよ、わかんねぇ?」
《え、たけちゃん?マジで?》
「来週末泊まりに来るのか?」
《そうやねん!たけちゃんに会いたいから行こうと思って!私の事覚えててくれたんや、めっちゃ嬉しい!》
「俺も美月に会えるなんて思ってなかったから、嬉しいよ。来週末は空けておくから、気をつけて来いよ」
《楽しみやわ〜!色んなとこ案内してな?しづだけたけちゃんと遊んでたんやから、来週は私が優先やで》
「はは、変わらねぇなぁ、美月は」
《それ失礼やし。変わったで!めっちゃ別嬪になってんねんから!》
「そうか、会えるの楽しみにしてるよ」
細かい事はまた汐月にメールするから。
通話は二人の楽しそうな会話で終わり、汐月から手が離れた。
「...どういう事なん?」
「どうって。超能力でお前の住所探し当てた訳じゃないぞ。初めてお前んち行った時は、お袋からお前の実家に連絡してもらって、お前んとこのおばさんから聞き出したんだ。それだけ」
「そ、それだけって、」
「それ聞いた美月が懐かしくなって会いたいって言ってきただけだろ。気にしねぇでも、汐月の嫌がる事は話したりしねぇよ、心配するな」
風呂の途中で出てきたらしい彼は、全裸のまままた風呂へと戻ったようだ。
黒くなった携帯の画面を見つめた汐月の胸が、嫌な予感に大きく揺れていた。
胸の中には確かに不快感が込み上げている。けれど、その理由がよく分からない。
賑やかで自分勝手な可愛い姉の襲来だけではない、この不安はどこから流れてくるんだろう。
(·····あ、違う。寝不足やからや)
モヤモヤとする頭の中を整理するには、一度眠らないと。
汐月はまだ濡れたままの髪をバスタオルで包むと、薄っぺらい布団の中に潜り込んだ。
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