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第22話

(本編から少しズレますが、お付き合いくださいませ) 元宮汐月にフラれた会。 有坂との約束に急遽一名追加で三人で飲んでいたが、最終的には仲の自宅での飲み会へと移行していた。 ソファの上で意識朦朧としているらしい最年長の渡は、俺の人生はこれからだと呪文の様に繰り返し呟いていて、少し気持ち悪い。 「会社内で婚約破棄されたの知られてるとか地獄だよね」 グラスの中のビールは温くなっていたが、酔っているとあまり気にならなかった。 「....簡単に言うなよ。想像以上にキツいと思う」 有坂はビールを缶のまま飲んでいたが、いつもより飲むペースがかなり遅い気がした。 「玲さん、体調でも悪い?あんまり飲んでないみたいだけど」 「.....この間、黒澤さんと元宮さんに迷惑かけた所だから」 「あぁ。俺と連絡つかなかった時の話?...それさ、話したくなさそうだったからあの時はスルーしたけど、結局何があったんだよ」 連絡が取れた時の彼は、携帯の向こうで謝るばかりで具体的な事は聞かせてくれなかった。 「.......俺、女の子とシた。風俗の店...連れてって貰って」 「...した?...したって...。え?なにそれ、セックスしたってこと?」 床に座っていた有坂に近寄り聞き返すと、彼は赤い頬で俯いたまま小さく頷いた。 「.........脱童貞...?」 再び頷いた彼は、身の置き所がないように体を縮めて膝を抱いた。 「ええ!凄いじゃん!おめでとう!おめでとう!」 丸まっている背中をバンバンと叩いて繰り返し叫んだが、彼はあまり喜んでいないように見える。 「どうしたの?ちゃんと出来たんでしょ?あ、別にイくの早くても恥ずかしくないよ」 叩いていた背中を撫でてやると、そうじゃないと呟いた。 「...酔った勢いもあったから出来たけど、なんだか罪悪感が酷くて...」 お金で女性との行為を買ったから。という意味だろうか。 「真面目だからなぁ、玲さん」 「...俺の初恋は中一の時に読んだラノベのヒロインなんだ」 「...........はい?」 「俺が体験できない事は全部本が教えてくれたし、そういう行為には愛が必要なんだって知ってたのに」 酔っていないのかと思ったが、この手の話が出るという事は適度にアルコールが回っている証拠だ。 とりあえず聞き手に専念してやるか。と、黙って温いビールを飲んだ。 「.....やっぱり黒澤さんじゃないとダメなんだって思い知ったら...。ちょっと自暴自棄な気分になったんだ」 愛がなくても勃起は出来るし、今後のお付き合いのためにひとまずセックスをするという考えは彼の中には無いのだろう。 仲とはまるで正反対の頭の中はまるで理解できないし、そうなりたいとも思わないが、真面目でいいとは感じる。 「あのさぁ、玲さん。玲さんが行ったお店のその女の子はさ、そういう事がお仕事なわけだよね。玲さんの事だから優しくしてあげたんだろうし、嫌だなんて思ってないと思うよ」 「違う。そういうんじゃなくて、俺の中の問題なんだ」 「いや、だから許してあげなよ。自分の事をさ」 空になったグラスを持ってキッチンの冷蔵庫を開け、新しいビールを取り出した。 「それだけ弱ってる時くらい、自分の事甘やかしてやればいいじゃん」 飲み始める前に洗って冷やしておいた苺の入った皿を取り出して戻ると、有坂の前に差し出した。 「.....凛太郎くんは...。もう元宮さんの事吹っ切れたのか...?」 苺を一つ摘んで口に入れた仲は、甘酸っぱさに目を閉じて唸った。 「ん〜。まぁ、仕方ないね。俺は男とセックスしたのが元宮さんが初めてで、本当に可愛かったし気持ち良かったし、恋人になるならあの人がいいなって思ったけど。そもそも酔い潰れてるとこ襲ったから、そんな進展なしだったから」 「そうだった。凛太郎くんは最低だった」 「はは、そうだよ。運良く一回できたらラッキーくらいにしか思ってなかった」 なかなか苺を取らない有坂の口に一粒摘んで差し出してやると、渋々口を開いた。 押し込むように入れてやると、酸っぱい。と眉を寄せる彼の顔が面白い。 「自分でもどうしてムキになってるんだろうって思ったよ。その理由は元宮さんにはっきりと断れた時に分かったけど。無理だって分かってから、俺って本気だったんだなぁって。はは、遅いのにね」 冷えたビールで苺を流し込むと、有坂の顔が見えなくなった。彼はまた膝を抱いて顔を隠してしまっている。 「今日で三人とも元宮さんの事吹っ切るんじゃなかった?まだ泣いちゃうの?」 慰めるように彼の髪を手でくしゃくしゃと乱してやると、違う。とかすれた声が聞こえた。 「.....凛太郎くんが泣かないから代わりに泣いてるだけ」 「え?あはは、そうか。...優しいね、玲さん」 「優しいのは凛太郎くんだよ。...君は面倒みがいいし...一緒にいると元気になれる...。俺とは違う...」 聞こえてくる言葉は普段の彼らしからぬ台詞で、じわじわと頬が熱くなってきた。もしかしたら、褒めてくれているのだろうか。 「な、なんか調子狂うなぁ。やっぱり酔ってる?もう寝た方がいいかもよ」 「酔ってても...嘘は言わない。感謝してるよ」 僅かに顔を上げた隙間から、彼の黒い瞳が仲に向けられた。その瞬間、心臓が揺れた気がして思わず左胸を押さえた。 「...?凛太郎くん?」 「そ、そろそろ寝ようか。渡さんはこのままソファで寝てもらうから、玲さんは客室使ってよ」 「いつもごめん。風呂も借りていいか?」 「勿論。どうぞ」 のそのそと立ち上がった有坂がリビングから出ていくのを見送った後、落ち着かない胸元を手のひらでゴシゴシと擦った。 「...っかやろぉ...、」 後方からの声に振り向くと、ソファで寝落ちている渡が大きな声で寝言を口にしていた。 渡にタオルケットをかけてやり、自室のクローゼットから新品の下着を取ってきた。 度々酔ったまま泊まることがあった有坂の為に、仲が用意しているものだ。 落ち着かない胸はまだざわついているが、仲はそこそこ裕福な家庭に生まれた事を密かに感謝した。 狭い部屋での一人暮らしでは、有坂や渡を呼んで飲み明かすにしても広さが足りなかっただろう。 ワンルームのマンションに住んでいたなら、有坂は遠慮して泊まらずに帰っていたかもしれない。 (...あれ?俺は玲さんのお泊まりが嬉しいのかな。いや、そりゃ嬉しいよ。友達だし) 特に、有坂のようなタイプは取り巻きにいない。物珍しさも相まって急速に仲良くなったのだが、彼と一緒にいるのは妙に気を使わなくて楽でいい。 (...そうか。そうだ。ここまで仲良くなる男友達って居なかったからか...) 物心着いた時には可愛らしい女子に囲まれていたし、中学に上がる前には初体験は済ませていた。 そんな仲は、同性からはあまり親しまれること無く成長したのだ。 (でもこれは...なんかちょっと違うような...?) 違和感のあるこの高鳴りの理由がよく分からない。 ベッドの前に立ち、新品の下着を手に立ち尽くしていたところに後ろからつつかれた。 「何してるの」 「相変わらずあがるの早過ぎ.....」 カラスの行水並に風呂が早い有坂はいつもの事なのだが、振り向いて彼の姿を見た仲は固まってしまった。 腰にバスタオルを巻いただけの姿をしていた有坂は、まだ首筋や肩に水滴をつけている。 力仕事をしている彼は、服を脱ぐとそれなりに筋肉がついていて立派だ。 残念な事に身長はあまり高くはなく、仲の肩より少し上に頭が来る程度だ。 「...凛太郎くん?そのパンツ貰っていいやつ?」 「あ、あぁ!うん、どうぞ」 「今度新しいの買って来るよ」 「いやいや、そんなの俺は気にしてないから」 「学生にそれはダメだろ。俺は社会人だから。今度貰った分纏めて買って来る」 真っ黒な髪からも雫が垂れて、それが彼の胸元に落ちた。追う視線で辿りついたのは乳首だったが、それは男でも誰でもついているものだ。 「わ、わかった。ありがとう」 「それも俺の方。...いつもありがとう、凛太郎くん」 濡れている髪が顔を隠しているが、珍しく笑顔を向けられた。 「うん。えっと、じゃあ、おやすみなさい」 彼の挨拶を聞かないまま慌てて客室を出た仲は、徐々に大きくなる心臓の音に困惑しながら浴室へと飛び込んだ。 どっち? どこからか急かすような声が聞こえる。 《どっちなんだよ。さっさと決めてくれないか》 一体なんの話なのか分からない。 《分からないって...。俺といやらしい事をしたいって言ったのは君だよ、凛太郎くん》 突然目の前に見えたのは、ベッドの上に全裸で座る有坂だった。 「おーい!仲くん、起きろ!」 大きな声とともに体を揺さぶられ、目を開くと渡が顔を覗き込んでいた。 「あぇ...?渡さん?」 「おはよう。早くに起こして悪いんやけど、俺はもう行かなあかんから、お礼だけゆーとこ思って」 時計はまだ早朝を示していて、仲は欠伸をしながら玄関へと向かった。 「ほんまにありがとう。また今度お礼にご馳走するから、有坂くんにもよろしくゆーといてな」 「了解です。駅まで道は分かりますか?」 「大丈夫やで。ほんまにありがとう。またね」 昨夜とは別人のようにすっきりとした笑顔で出て行った渡は、本当にもう大丈夫なのかもしれない。 鍵をかけてもう一度ベッドに戻る為に廊下を歩いていた仲は、閉じられていた客室の扉の前で足を止めた。 そう言えば、何だか変な夢を見ていたような気がする。 起こされる直前まで見ていたはずだが、もう欠片も思い出せない。 有坂が寝ている部屋の扉に手をかけたが、何をしようとしているんだと我に返った。 「...ふぁ...」 寝不足で自分の行動が分からない時はよくある。泥酔した時のようなもので、寝直せば目覚めた時には渡の様にすっきり出来るだろう。 有坂が起きたらマンションの一階にある喫茶店にモーニングを食べに行こう。 自室のベッドに潜り込みながら、仲は再び眠りに落ちた。

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