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第32話
拍子抜けをした実家訪問だったが、あの家でゆったりと過ごせたのはいつぶりだったろう。
ここまで悩んだ道程が無駄だとは思っていない。
そんな風に綺麗事を思い浮かべるくらいには、彼に感謝している。
明け方まで父と飲んでいた丈晃は、汐月の隣で寝息を立てている。新幹線の車窓には綺麗な夕焼けが見えていて、日が落ちるのが早くなったことを感じさせた。
流れる景色を見る振りをして愛しい男の寝顔を眺めていたが、指先が疼いて仕方ない。
触れたくて仕方ない。そんな気持ちを込めて腕を組んで眠る丈晃を見ていると、長袖の生地の下にある逞しい腕を撫でたくなってしまう。
(外!ここは外!…でも…)
座ったまま尻をずらして座高を低くすると、眠る丈晃の腕に頭を乗せた。目を閉じて寝たフリをしていれば、誰かに見られてもおかしくはないだろう。
距離を詰めたせいで彼自身の香りが汐月を満たし、場にそぐわない欲求がまた膨らんでしまった。
汐月の父に呼びつけられて急な有給をとった彼は、明日から出勤だ。
(でも、オレは休みやし…)
淫らな期待に体温が上がり始める。どちらの部屋がいいだろう。後のことを考えれば汐月の自宅の方がいいに決まっている。
丈晃の部屋はいつも変わらず散らかっていて、清潔だとは言い難い。
汐月のベッドの様な繊細さの欠片もない、畳に敷かれた布団は彼の分身のように匂いが染み付いている。
気が向いた時に散らかった部屋を片付けてやると、動く汐月を嬉しそうに眺めている時があった。
狭い台所も風呂場も、身長が高い彼と並ぶと窮屈で仕方ない。
「汐月も疲れたか?」
それはお互い様だと言いたくなるような、掠れた声。
「…そんなことないで」
目を開かずに返事をすると、大きな手に頭を撫でられた。
「今夜はどうする?送った方がいいか?」
彼の事を案じるならば、今夜はゆっくり休めと駅で別れるべきだ。汐月は額を彼の腕に押し付け、それを謝罪の代わりにした。
「……丈晃んちに行きたい」
口から出た言葉は、自分でも驚くほど甘えた声音だった。恥ずかしさが込み上げて強く目を閉じたが、彼は黙って汐月の手を握り締めてくれた。
玄関先で強く抱き締められて舌を吸われる度に、我慢のきかない強引な男だと心の中で笑っていた。それは求められる嬉しさを含んだものだった。
いい歳をした男が同性の汐月に対して、切羽詰まった欲望を押しつけて来る姿は優越感を満たしていたのだ。
「おい、汐月。待てって」
散らかった畳の上に押し倒した彼の頭が、かろうじて布団の上に乗っている。
「布団まで来たやろ」
駅からここまでの道程を堪えた自分を褒めてやりたい。丈晃の腰を跨いだ汐月は、上半身の衣服を脱いで投げた。
逞しい胸に手をついて顔を寄せると、彼の顎を指先で撫でた。
「…ジョリジョリや」
「今日は剃ってねぇからな」
「……なぁ、髭、伸ばしたい?」
汐月が我儘を言ったあの日から、丈晃の顎はつるりとしたままだ。
問いながら唇を触れ合わせると、大きな手が汐月の背中を滑りパンツのボタンを器用に外した。
「お前はない方がいいんだろ?」
「オレやなくて。丈晃はどっちがええのって」
「ん?…まぁ、髭がある方が結婚を意識した女が近寄らなくて便利だったからな」
気付いていた理由だが、言われると腹が立つのは何故だろう。
「…自意識過剰ちゃうかって言いたいけど、ほんなら伸ばしててや」
自分が男だからという理由では誰にも渡したくない。相手が女性だからといって、譲ってなんかやれない。
「いいのか?」
僅かな言葉や仕草で気づいてくれる。彼の指が汐月の唇をなぞった。
不安を感じるだなんて言葉にするのが馬鹿馬鹿しい。彼は全身で汐月を想っている。
「…そらまぁ、オレの初恋のたけちゃんは、髭なんて生やさへんし。…でも、こんなにええ男になってるんやもん。ヤキモチせんでええようにしといてや」
汐月にしか許されない距離でいれば素直に言える。
嬉しそうに優しく笑った丈晃に吸い寄せられ、唇を重ねた。
絡み合う舌にたまらなくなり、彼の短く硬い髪に指を差し込んだ。
器用に動く手に全裸にされ、乗りあがったまま後ろへ彼の指を迎え入れた。
「いつもより開くの早くねぇか?…俺としたかった?」
「ん、し、たかった…っ」
浅い場所をくちくちと弄られ、腰が揺れてしまう。
汐月のペニスからは絶え間なく蜜が溢れて垂れていて、彼の服を濡らしていた。
「……やべぇな」
「オレの方がヤバいから、はよぉ…脱いでや…」
丈晃のデニムに手をかけると尻から指が抜けてしまったが、大きく膨れるものが生地を押し上げているのがわかって体温が上がった。
「待て、自分で脱ぐから」
立ち上がった丈晃は数秒で全裸になってしまうと、汐月を布団の上に投げる様に押し倒してきた。
早くとねだったのに、再び尻に指を挿入されそうになって思わず体を捻って避けた。
「もうええから、指は嫌や」
「……嫌って…」
険しい顔つきで動きを止めた丈晃がもどかしく、足で脇腹を蹴ってやった。
「わかったから。…ったく、可愛く煽りやがって」
どこに可愛さを感じたのかは理解できなかったが、丈晃はすぐにペニスを押し当て沈めてくれた。
推し進められる圧力に粘膜がせり上がり、足の裏が痺れる様な感覚に襲われた。
「あ、あっ、んぅっ」
「…汐月、キツくねぇか?」
「き、もちい、きもち、いい…っ、」
もっと、もっと大きく揺さぶって欲しい。
丈晃を挟み込んだ足で掴まり、快感を求めて浮かせた腰を揺らして押し付けた。
「……っ、おま、」
「イヤや、止めんといてぇ…。もっと、ん、奥ぅ…っ、あっ、ん」
彼の首にしがみついて強請ると、望み通り奥を掻き回すように強く抉られた。
「は、ああっ、あ!」
快感を辿る感覚だけが浮き彫りになり、思考がどろりと溶けていく。たまらなく気持ち良くて身を任せていたのに、あと少しという所で丈晃の動きが徐々に鈍くなって止まってしまった。
「…?…丈晃…?」
名前を口にした瞬間、腹の奥で自分のものではない温度が滲んだことに気がついた。
「あれ、イってしもたん?」
「………くそっ」
低く呟いた彼は、眉間に皺を寄せていた。彼は開いていた汐月の足を閉じさせると、そのまま体重をかけてきた。折り畳むようにコンパクトにされて息苦しく、抗議しようと口を開いたが叶わなかった。
汐月の身体を逃がさないように固定した丈晃の律動は、とても激しいものだった。
たった今汐月の中で果てたはずの彼のペニスは更に太く膨れ上がっているようで、狭く閉ざされた深い場所をこじ開けてしまうようだった。
「い、まっ、待って、ぇ、ひ、っん」
途切れ途切れの言葉は届かず、圧力をかけて揺らす獰猛な息遣いだけが汐月の耳に響いていた。
「ふ、深い、たけあ、ああっ!」
突き上げる腰は速度をあげて汐月を高みへと強引に押しやってしまう。容赦なく与え続けられる快感に抗うすべはなく、白く光る空間へと意識を投げ出された。
汐月の粘膜は収縮して丈晃のペニスを強く締め付けたが、不規則に痙攣を繰り返し呼吸を困難にさせた。
「汐月、すまん。平気か?」
乱れる息遣いに我に返ったのか、汐月の足は解放された。
「おい、汐月っ」
強い快感に力が入らない。汐月は睫毛を震わせながら目を開くと、アホ。と呟いた。
この感覚は確認せずとも間違いない。射精せずに達してしまった事が原因の怠さだ。
「…悪かった。ちょっとお前のエロさに我を忘れた」
またそんな嬉しくなるようなことを。本人は真剣らしく、反省しているような面持ちなのだが、まだ挿入した状態で言われても。
「……お尻でイったからしんどいだけやし」
何とかそう告げたが、やはり身体が重く感じる。
「…ん?」
丈晃は驚いた様に目を丸くすると、汐月の股間を確認してきた。
「いや、濡れてるぞ」
「それは…精液やない」
「あぁ、先走りか。汐月は濡れやすいよな。出たのかと思うくらいびっしょりだぞ」
恥ずかしい事を淡々と言いつつ、手でペニスを弄られた。
「さ、わらんといて、」
じんじんと熱く痺れたような感覚が残っていて、触れられると辛い。
「…射精しねぇでイくくらい気持ちよかったってことだよな?」
ペニスの先端を優しく擦られ、全身が反応して跳ねてしまう。何度も頷いて返事をすると、可愛いとキスをされた。
素直に口を開いて舌を迎え入れると、口内に興奮した熱い吐息が送られる。
「なぁ、続きしていいか?」
「…うん…」
勿論、ここで終わりだなんて絶対に嫌だ。丈晃は一度ペニスを抜くと、横向きにした汐月の後ろから挿入してきた。
「辛くないか」
「だ、いじょぶ、ん、あっ、あ、あかん、っ」
「ん?痛いのか?」
「ち、ちが、出そう…っ」
先程までとは違う緩やかな腰使いは、汐月の身体を気遣ったものだ。それなのに一度熟れた粘膜はあらゆる愛撫に従順に応えてしまう。
気持ち良くて自ら後ろへ尻を押しつけて居ると、後ろから首筋に噛み付かれた。
「あっ!や、ぁんっ」
「あ〜、クソ。可愛過ぎるぞ、汐月…っ」
腹の底から広がる重い快感と、首筋から伝わる甘い痛みにあっさりと射精してしまった。
「…汐月のちんこが射精するのって、異様にエロいよな」
知能の低い台詞も、汐月の感度をあげるものとしか受け取れない。
「……ほんま…?」
「嘘ついてどうすんだ。…お前は何やっても可愛いし、最高にエロいよ。…愛してる、汐月」
嬉しい。幸せ。
後ろを向いてすぐに与えられる深いキスに、目眩がした。
こんなにも好きになるなんて。こんなにも幸せな気持ちになれるなんて。
涙も、唾液も、淫らな汗や精液も。
全て彼とだけ共有したい。
汐月は意識を手放すまで全身で丈晃を求めて受け入れた。
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