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第6話
『今日はありがとうな』
いきなり、親父の仕事の都合が悪くなって、その代わりに自分の部下を寄越すなんて言い出すからどうなるかとは思ったけど……などと続けると、広部は苦笑した。
大門が広部と再会を果たしたのは高校を卒業して、進路が別々になってしまってから10年が経った今年の1月のことで、本当に偶然の再会だった。
「いや、広部なんて珍しい名前だとは思ってたけど、まさかな……」
「ああ、親父も大門の柔道と剣道の腕前でピンときたって言ってたよ。俺に高校の時、柔剣道の強い大門っていたよな? って聞いてきてさ。まぁ、でも、親父よりは大門の方が良かったかも」
「え?」
「あ、変な意味じゃないよ? 親父と何を話せばなんて変に考えなくて良かったし、お袋や兄貴達も楽しそうだった。俺もこうして、お前に会えたし」
その広部の言葉にどこか、真意を隠したようにも大門は感じたが、彼の表情を見ると、柔らかなものだった。
柔らかで、誰からも好かれそうな印象。それに加えて、今は割と華やかな業界にいるらしく、見ただけで品の良さそうな身なりをしていた。特に、スーツは高校の頃から長身で、顔もそれなりに整った広部が着ていると、取引先だけではなく、周りの女性も放っておかない若手実業家の様にも大門は見えた。
それから、2人は大門の家の近所になるまで歩きながら、話をした。
というのも、豪勢なカニ料理を出す店でフルコースをご馳走になり、広部の兄達に勧められるままにビールや日本酒などを飲んだ為だった。そのお陰で、大門はそのカニの料理店から自宅のアパートの近所まで帰るまでに交わした会話の殆どは記憶に残らなかったが、今度は広部の母や兄達、勿論、今日は不在だった父と一緒ではなく、2人きりで飲みに行く約束をしたことやその約束の待ち合わせなど、今後の為に互いの連絡先を交換したことは覚えている。
そして、大門の気のせいか、気のせいではなかったかは定かではないが、別れ際、広部はこんな風に言ったと思う。
「なぁ、大門。大門は恋愛に時効とかあると思う?」
「ん?」
「ジコウ。普通なら明かしてはいけないような恋愛……とかあるだろ? そういうのも何年か、経ったら、実は好きだったとか言えたりするのかな?」
普通なら明かしてはいけないような恋愛。そんな恋愛に大門の脳内は一瞬、あの高校時代の淡い青のカーディガンを思い出した。それはまるで突然、冷蔵庫に入れられてしまったように脳を冷やしていくが、その細胞の全てが冷え切る前に広部は続ける。
「なんてな……今、何でも良いからちょっと書いてみないかって話になっているんだよ」
「書く?」
「そう。小説か、脚本か。で、考えている主人公が大門に似てて、人には少し言えない恋をしている友人にさっきみたいな質問をされる」
やっぱり、そうだ!と広部は予想が当たったように一頻り、笑っていた。
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