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第19話

 代わりに一つお願いをした。 「すみません。化粧室だけちょっとお借りしていいですか?」  先ほど飲んだアイスティーのせいだろう。  ここに着く直前から尿意がこみあげ、もう我慢できそうもなかった。 「ああ。君はオメガなんだよね?じゃあ問題ないか。貴一はここにいなさい。瑞樹君、こっちへ」  そう言われて玄関を開けた瞬間、甘ったるい匂いが俺を襲った。  咄嗟に鼻にハンカチを当てそうになり、踏みとどまる。  これが成澤さんの母親の発情の香り? 「つきあたり右の扉が洗面所だから」 「すみません」  お義父さんに言われ、俺はふらふらとそちらに向かい、扉を閉めた。  大きく息を吐く。  今まで何人かのオメガのヒートの時の香りを嗅いできた。  でもこれは今までのどの匂いとも違った。  甘ったるく、纏わりついてくるような強烈な香り。  この香りに興奮しないアルファなどいるのだろうか?  だから成澤さんはこの家に入らなかったんだ。  まさか……成澤さんの襲ったオメガって。  いや、まさか。  不吉な考えを振り払い、さっさと用を足すと俺は洗面所から出た。  先ほどより匂いが濃くなっている。  ギシと音がし、振り返ると、小さくて可愛らしい女性のオメガがこちらをみて微笑んでいた。 「貴一の婚約者の方なんですって?私、貴一の母親です」 「はい」  もう息を吸うのも辛かった。  熟したマンゴーを鼻に押しつけられているような。  甘い香りではあるが、限度を超えていて気分が悪くなってくる。 「今日はごめんなさいね。今度きちんと挨拶させて欲しいわ」 「はい」  無礼なのは分かっていたが、俺はそれしか答えられなかった。  口を開くと、匂いが流れこんできて胸やけがする。 「じゃあ、また」  お義母さんはもう一度微笑むと、二階に続く階段を静かに上がっていった。  俺は必死で玄関に向かい靴を履くと、外に出た。  四つん這いになり、大きく息を吐き、吸う。

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