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第4話
小刻みに震える手から、集めた資料が零れて床へと散らばる。
「駅前の、バーだ」
「 あ、の」
カツカツと言う音に部長が近づいて来たのが分かったが、腰の抜けたオレはそのまま見上げるしかない。
表情が、見えない。
光に目が眩み、陰に沈んだ部長の顔がどのような物なのかさっぱりだった。
けれど、僅かに見える口元が歪んで皮肉のような笑みが見えた。
「い、言わないでください、すみませ 言わ っ」
血の気の引いた頭ではろくな言葉も紡げず、潰れたような肺は上手く息を吐く事もしてくれない。
「出てきた男に手を引かれていたのは君だろう?」
「――――っ」
小さな悲鳴を上げてしまった。
駅前とは言えほの暗く、酔っ払いが多いあの場所ではっきりと顔を見られているとは思わなかった。
自分の性癖に自覚はあった。
けれど周りにカミングアウトする勇気も、進んで男の恋人を見つける勇気もなかったオレは、社会人になったことで始めた独り暮らしの解放感と寂しさを埋めるために、ネットで紹介されていたバーへと初めて足を運んだ。
雰囲気も良く、仲間が多く集まる、初心者でも行きやすい感じのいい店だ……と。
「なに、何もなかったんです!あの人とは……っだからっそんなんじゃなくてっ……」
経験していなくても、性的マイノリティがどう見られるかなんて痛い程分かっている。
だからカミングアウトする勇気もなかったし、知られた結果この会社にいる事が難しくなるんじゃないかと言う事も簡単に想像できた。
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