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第10話
出世街道のど真ん中を行く人にとって、たまたま見かけたゲイが会社に居た……と言うのは気に留める事でもなかったらしい。
資料室でのやり取りの後、会社を辞めろと言われるかとビクビクして過ごしたがそう言った事もなく、また部長から何か言われることもなかった。
「なんでまだできてないんだ!!」
びくっと肩がすぼまり、反論できないまま「すみません」と頭を下げた。
小林先輩の指示の下に仕事を行ってきたが、そろそろ一人で……と言う話が出始めた頃だった。
自分の分に躍起になっているところに、隣の課から出来るだろう?とばかりに仕事が回されてきた。
本来ならば依頼書と言うものを書いて相応の手順を踏んで受け取る物だが、仕事を持ってきた課の主任がほんのちょっとだから……と、面倒だと言う手続きを飛ばして無理矢理ねじ込んだ。
良く知らない物に勝手なことはできません……と言うには言ったが、主任は分かったとは言ってはくれなかった。
他の先輩同僚達は自分達の仕事で手いっぱいで、ペーペーの自分は暇そうに見えたのかもしれない。
何度も断った事等を伝えようとしたが、目の前の小林先輩の憤怒の形相に言葉が出ずに項垂れる。
社会人にもなって、それではいけないのだと分かってはいても……
言葉は出ずにただ「すみませんでした」としか返せない。
「……ったく。しょうがねぇな」
三白眼気味の目つきの悪い小林先輩の視線が外れ、ほっと息を吐き出した。
乱暴にバサバサと机の上の書類を端に積み上げると、オレの机から処理しきれなかった分の書類を取り上げる。
「手伝ってやる」
その言葉と共に、手の中の書類の束を捲り始める。
「いや……でも……」
「しょうがねぇって言ってるだろ?早くしろ。どんどん残業時間が伸びるぞ」
カツカツと天板をボールペンで叩かれ、慌てて椅子に座る。
「ありがとうございます」の言葉を言うタイミングを逃したまま、せめてこれ以上足を引っ張らないようにと自分の分の書類を掴み上げた。
お礼代わりの缶コーヒーを二人で飲んでいる時に、仕事が遅いと軽口を言われた。
小林先輩にしてみれば普段からの乱暴な言葉遣いでの軽口の延長だったのだと思うが、自分の残業に人を巻き込んでしまったことやその原因であることに対して溜まっていた事があったんだと思う。
つん……と鼻の奥が痛んでから視界が滲むまでは本当に一瞬だった。
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