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第12話

 どうにも不自然な表情になっているのは百も承知だったが、どうしようもない。 「新人だろう。教育係は?」 「私です、すみません、指導力不足です」  ぐぃっとオレと部長の間に入り、小林先輩は頭を下げる。 「ち ちが、いますっオレが勝手に」 「それも含めての指導係だろう」  硬い言葉は言い返す隙もない状態で…… 「申し訳ありません」  深く頭を下げる小林先輩を見て、慌てて頭を下げた。  沈黙が、あったと思う。 「しっかり指導するように」  その言葉を最後に、下げた視界の中から綺麗に磨かれた部長のつま先が消え、足音が扉の向こうに遠ざかってしまうまで、小林先輩と息を詰めてお互いの気配をうかがっていた。 「──っ はぁ!」  最初に小林先輩が大げさに息を吐いた。  それを聞いて、足から力が抜けて床へ崩れ落ちる。 「わっ!お前何やってんだよ!」 「や、だって、  っ」  わっと耳が熱くなるのがわかる。多分顔も真っ赤で、情けない顔をしているのは間違いない。 「怖かったな?」  ぐしゃっと力強く頭を撫ぜたかと思うと、しゃがんだ小林先輩が顔を覗き込んでそう笑う。 「……はい」 「佐伯部長ホントこえぇ」  怒鳴ったわけでも、暴力があったわけでも何でもない。 「もうこう言うことはないようにしようぜ」  頭に置かれた手がわしゃわしゃと髪をかき混ぜてから離れる。 「ちょ……」 「また遭遇する前に帰ろうや」  立つのを促す手に掴まって立ち上がり、小林先輩の慰めか激励か叱咤かよくわからない話を聞きながらその日は退社した。  「gender free」の外、資料室、そして小林先輩と休憩中のこのたった三回だけが、二人の出会いらしい出会いだった。  他に接点はあったのかと問われても、正直にわからない。  深い色の、きつい眼差しに出会って忘れることなんてないだろうから。

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