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第16話
糸を限界まで引っ張ったような空気の中では、こんなやり取りはできなかった。
愛想笑いをするのも憚られる雰囲気に、オレの胃はすでにキリキリと痛み出している。
「あれからいろいろ聞いてみたが、知りたいか?」
「えっ どういう事ですか?」
特殊な異動だとは自分自身で思う、けれど小林先輩の口ぶりは何かありそうな口調だった。
「今晩どうだ?」
酒でもという風なジェスチャーに頷いて見せようとした時、部署の扉が開いてコツコツと足音が近づいてきた。
「今晩は残業をしてもらう」
「え?そんなこと一言も……」
抗議に上げた言葉も、冷たく見下ろされてしまえば口の中で行き場を失って消え、見上げて居られず顔を伏した。
「三船の世話係だったそうだな」
「教育係です」
「すまないが、三船はこちらの基本的な業務を早急に覚える必要があってな。定時で帰れるのはまだ当分先だ」
親切心からそう言ってくれているはずなのに、心の小さな部分が納得できずにいるせいか素直に頷くことができず、ぐずぐずと小林先輩と部長の顔を交互に見てしまう。
ちょっと眉を八の字にした小林先輩は、オレのことを心配してくれているんだろうと分かる。
けれど部長はただ……ただ……
睨みつけられて体が動かない。
「じゃ、じゃあまた改めて誘うことにします」
「ああ。そうしてくれ」
すまないなともう一度繰り返したが、謝罪の雰囲気ではない。
「せ、先輩!荷物ありがとうございました!」
部長の威圧感に負けて段ボールを持ったまま帰ろうとした小林先輩に駆け寄ってその腕から荷物を受け取る。
「すま 忘れてた、じゃあな」
また連絡する……と言うような言葉は口の中でもごもごと呟いてエレベーターの中に消えていった。
なんだか鬼か幽霊にでもあったかのような風に、そろそろと隣に立つ部長を見上げる。
にやり……と右側の唇が歪んでいるのを見て、初めて見たと言う思いとこんな笑い方をするんだと、新発見をした気分で目を見開いた。
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