28 / 105

第27話

 田舎で生まれ育って、どう言った相手に性欲を感じるのかがはっきりした時、友人たちとうまく接することができなくなったし、家族たちともぎくしゃくとした。  男が好きだとバレて白い目で見られるのだけは嫌だったから、人とは距離を置いた。そして大人しくて女に奥手だ……と言う周りの認識を、ただ肯定するだけで学生時代を過ごした。  田舎なせいか周りにそう言う人間はいなかったし、話にも上らなかったからか、怯えながらではあったが平穏に過ごせていたし、それでいいと思っていた。  心のままに愛を告げる憧憬はあったけれど、それだけだ。  結果自分の中で恋人を作るなんて一生ないと思ったし、一生そう言った経験もないまま生きていくのだと思っていた。  一人暮らしを始めた時に、一瞬もしかしたらとは思いもしたが……  数分前に会った人間と関係が持てるほど、飢えていたわけじゃない。  『gender free』から逃げるように出たところで襲われた時は、ただただ恐怖と嫌悪感で……  押さえつけられる恐怖も、他人に体を好き勝手に触られる怖さもあった。  前腕に赤い痕を見つけた。  以前に襲われた時に付けられた傷は見る度に気が塞いだが、両腕に残るオレを押さえつけた赤い痕は…… 「起きたか」 「っ!?  お、おはようございますっ」  飛び起きて振り返ると、そこには一分の隙もなくいつも通りの部長が立っていた。  精悍で、冷たい顔をこちらに向けて見下ろしている。 「あ の、すぐに、支度を  」  両腕を見られないように背中に回し、ぎゅっと体を縮込めた。 「ああ。少し、買い物に行ってくる。準備しておくように」  ふいと普段通りの態度で部屋を出て行ったのは部長の優しさなのか、はっきりとはわからなかったけれど、部長がいる中で着替えれば否応なく緊張するのは分かる。  手早く着替え、髭を剃る。  鏡の中の自分は、唇が少しはれぼったく思う程度で何か大きく変わったところはない。  あんな経験をしても、冴えない自分は冴えないままだ。  少ない荷物を詰め終えるタイミングで部長が帰ってきたが、朝から買い物に行かなければならなかったような風には見えない。 「ありがとうございました。 準備は終わっています」  頭を下げて部長の靴の先を見るオレに、いつもと変わりない「そうか」の一言だけが返ってきた。  オレもそうだったように、部長も何が変わるということはない。  昨日のことはつまり、なかったことで正解なんだ。

ともだちにシェアしよう!