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第29話
大慌てで手を振ったオレの動きが大げさすぎたのか、小林先輩はちょっと伺うような顔をした。
とびきり声を潜めて、オレの耳の傍に口を寄せてくる。
「なんかあったら、言いに来い」
驚くと、真剣な目と目が合った。
オレのことを心配してくれているのだと言う表情。
「 あ、あの、ありがと ござい……」
小林先輩の言葉が嬉しくて、でもついいつもの癖で言葉はしどろもどろになってしまって……
出来の悪い後輩を気にしてくれているだけだとは思うも、そうやって気にかけてもらえることの嬉しさに面映ゆい思いがした。
二度目の出張は、意外なほど早く来た。
次はオレじゃなくて他の人を連れて行くと思っていたが、資料を渡されて日程を知らされ、次の出張にもついて行くのだとわかって……
オレは……
オレは?
突き放されなかった安堵と……部長に引っ掛かりを残せなかった僅かな、残念さ……?
その木製の扉をもう一度潜ることになるとは思わなかった。
柔らかに鳴るベルの音と、落ち着いた異空間めいた雰囲気に立ちすくむと、初めて訪れた時がそうだったように一人の店員が声をかけて促してくれた。
「こっちだよ」
ふわふわっとしたピンクの髪を弾ませるその子に勧められてカウンターへと腰を下ろす
「え と 」
「久しぶりだねぇ」
綺麗なアーモンド型の目を猫のように細め、彼はカウンターの中の人へ声をかけた。
彼とは対照的な垂れ目が、ガラスのコップを拭く手元からこちらへと移る。
顔を見てぴんと来たようだ。
「いらっしゃい、あの後は元気にしてた?」
以前オレが襲われた時に、間に入ってくれたのは彼だったはず。
だいぶ前の出来事だというのに覚えられていたと言うのが驚きだった。
「その節は……ありがとうございました。お礼も何も 言えてなかったと、思って」
「あら、律儀ー」
その言葉に恥ずかしくなって体を縮込める。
融通の利かない人間と言われたようで、こう言う空気の読めなさが自分のよくないところなんだろう。
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