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第30話
もっとも、それだけが目的だったと言うわけではないので、気分は複雑だ。
「どういたしまして。また顔が見れて感激だわ」
「テンチョねぇーこれなくなったら悲しいねぇって言ってたんだよ」
隣のスツールに腰かけてくるりと回って見せた後、にこにこと笑いかけてきた。
釣られて一緒に笑いながらおしぼりを受け取る。
「どうされます?」
「え、と……」
「ご希望がなければ、前回のようにおまかせもありますよ」
店長はそう言うと、ぱちりと綺麗なウィンクをして見せた。
「覚えてるんですか?」
「お仕事ですから」
ふふ と笑う店長の表情は親しみやすくて。
ずっと入ったままだったらしい肩の力を抜いた。
「 人を、覚えるコツとかってあるんですか?」
「え~?慣れって言っても、納得してくれないわよねぇ」
酒を選ぶ手を止めて、店長は思案顔をする。
「まず、場所を用意する!」
割って入ったのはピンク頭の彼だった。
得意げに「ふんっ」と鼻息を荒くして、両手で家の形を作るように空中をなぞる。
「え!?場所ですか!?」
「まずは自分が細部まで思い出せる部屋を用意する!」
物理的な話ではないのはなんとなく理解できたが、それと記憶のコツが一致せずに戸惑った。
「宮殿とか広くていいかもー?」
「はぁ?」と返せたかわからない。
「そこの、んーっと。部屋にあるものに記憶を結び付けて……記憶自体を覚えるってより、キーを……」
「 ごめん……全然わからないです」
「だよねー、ほら、お客様だ」
店長がぐぃっとピンクの頭を押さえつけ、「ベルが鳴った」と告げて彼を入り口の方へと押しやる。
オレに向き直った店長は、垂れ目を何度か瞬かせてから、これならどうかな?と提案してくれた。
「まず、顔を見た時に感想を出す。難しく考えない。丸い顔だったな、とか、綺麗な顔だったな。何かに似ているな、とか、名前と関連付けた感想ならもっといいよね、出来事でもいいかも」
思わずメモ帳を取り出してメモを始めたオレに、店長の苦笑いが飛ぶ。
「そこまで真剣に聞かれると照れ臭くなっちゃう」
「す、みません 」
「いえいえ。あとは思い出すこと。繰り返しに勝る記憶法はないと思うのよね。暇な時にしないで、時間を作って繰り返し思い出すこと」
繰り返し……と口の中で呟く。
「そう。繰り返し来てくれないと顔忘れちゃうから」
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