31 / 105

第30話

 もっとも、それだけが目的だったと言うわけではないので、気分は複雑だ。 「どういたしまして。また顔が見れて感激だわ」 「テンチョねぇーこれなくなったら悲しいねぇって言ってたんだよ」  隣のスツールに腰かけてくるりと回って見せた後、にこにこと笑いかけてきた。  釣られて一緒に笑いながらおしぼりを受け取る。 「どうされます?」 「え、と……」 「ご希望がなければ、前回のようにおまかせもありますよ」  店長はそう言うと、ぱちりと綺麗なウィンクをして見せた。 「覚えてるんですか?」 「お仕事ですから」  ふふ と笑う店長の表情は親しみやすくて。  ずっと入ったままだったらしい肩の力を抜いた。 「  人を、覚えるコツとかってあるんですか?」 「え~?慣れって言っても、納得してくれないわよねぇ」  酒を選ぶ手を止めて、店長は思案顔をする。 「まず、場所を用意する!」  割って入ったのはピンク頭の彼だった。  得意げに「ふんっ」と鼻息を荒くして、両手で家の形を作るように空中をなぞる。 「え!?場所ですか!?」 「まずは自分が細部まで思い出せる部屋を用意する!」  物理的な話ではないのはなんとなく理解できたが、それと記憶のコツが一致せずに戸惑った。 「宮殿とか広くていいかもー?」   「はぁ?」と返せたかわからない。 「そこの、んーっと。部屋にあるものに記憶を結び付けて……記憶自体を覚えるってより、キーを……」 「 ごめん……全然わからないです」 「だよねー、ほら、お客様だ」  店長がぐぃっとピンクの頭を押さえつけ、「ベルが鳴った」と告げて彼を入り口の方へと押しやる。   オレに向き直った店長は、垂れ目を何度か瞬かせてから、これならどうかな?と提案してくれた。 「まず、顔を見た時に感想を出す。難しく考えない。丸い顔だったな、とか、綺麗な顔だったな。何かに似ているな、とか、名前と関連付けた感想ならもっといいよね、出来事でもいいかも」  思わずメモ帳を取り出してメモを始めたオレに、店長の苦笑いが飛ぶ。 「そこまで真剣に聞かれると照れ臭くなっちゃう」 「す、みません  」 「いえいえ。あとは思い出すこと。繰り返しに勝る記憶法はないと思うのよね。暇な時にしないで、時間を作って繰り返し思い出すこと」  繰り返し……と口の中で呟く。 「そう。繰り返し来てくれないと顔忘れちゃうから」

ともだちにシェアしよう!