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第43話
手渡された出張用資料に付けられた付箋。
『準備をしておくように』
たった一言。
それは、剥がれ落ちて誰かに拾われても何もおかしくは思われない言葉。
「分かりました」
小さく頷いて、オレは笑いも怒りもしない。
「また三船くんがお供ですか?」
手元の資料を覗き込まれても、出張は本当なので焦ることもない。
覗き込んできた相手に曖昧に「はは」と笑って返す。
「たまには他の人間も顔つなぎに連れて行かないと」
「社内監査で忙しいだろう」
素知らぬ顔で資料に目を落とし、部長は興味なさげに席へと座ってしまった。
それを追いかけてまで話をできる人間は、この課にはいない。
部長を睨めない代わりに、オレを睨む姿に居心地の悪さを覚えて踵を返す。
「お茶を入れてきます」
逃げるしかできない。
一度部長がはっきりと言い返してからは和らいだけれど、気の強い人が多いこの部署で、言葉の端々で何かを言われるのは避けられない。
何くれと部長がオレを傍に置くのは……出張の際のおまけのためであって、それ以外碌々役に立たない人間が傍にいるのは、周りから見れば不満でしかないんだろう。
でもその不満に、オレ自身がまっすぐに言い返すことができないのは、優秀でもないし部長とのことが後ろめたすぎるからだ。
部長からの誘いの文言に動揺しなくなる程度に、オレと部長の関係は続いていて……
出張のたびに繰り返されるその行為を、断れないままずるずると、
オレは部長に抱かれ続けている。
スツールに腰を掛けると、ピンク頭の彼が隣に座る。
にこにこと笑う顔に釣られてこちらもにこりと返した。
顔立ちもよくて、華奢で、可愛らしくて、愛想がよくて、天真爛漫で……
人に好かれるのだろうと思う。
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