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第44話
彼ならば、今日のような視線もするりと潜り抜けてしまうのかもしれない。
「 羨ましいな 」
おまかせで出てきた大きなジョッキと小さなコップを受け取りながら零すと、不思議そうな顔が返されて、形のよい薄い唇がつんと尖った。
「隣の芝生はめちゃくちゃミドリなんだよ!」
「なんだそれ」と店長に突っ込まれると、くるくると変わる表情は拗ねたそれに変わる。
彼のようにはっきりと意思を伝えることができたなら、オレの立場は違っていたのだろうか?
断っていたら?
手を振り払っていたら?
受け入れなければ?
オレの性指向が違っていたら?
指輪を嵌めた手に抱かれることもなかったかもしれない。
けれど、部長の体温を思い出しただけでぞくりとしたモノが這い上がってくるのは否定できなかった。
「三船」
暗い縁を覗き込んでいたような意識が引き戻され、ぱちぱちと瞬く。
「 あ、先輩」
特に待ち合わせると言うこともなかったが、『gender free』で出会うことは多かった。
仕事もないし、酒も入るし、共通の秘密も持って……
同じ部署で教育係として相対していた時より、今の方がよっぽど親しくなっていると思う。
「今日はデートじゃないんですか?」
ただ飲みに来るオレとは違い、小林先輩は何かと広い交友関係を持っているようで、こうして偶然出会っても連れがいることが多かった。
「 嫌味言うなよ」
はぁー……と出る長い溜息は、また振られたかどうかしたんだろう。
連れがいる確率も多かったけれど、振られる確率も多いなと言う感じを受けた。
相手が求める付き合い方と、小林先輩が求める付き合い方が違うだと本人は言っていたが……
「フィーリングが大事ですよね。今晩は奢りましょうか?」
「 そこまで堕ちてねぇから」
もともと悪い目つきを半眼にしてこちらを睨む。
教育係をしてもらっていた時だったなら泣いていたかもしれない表情に、小さく笑って返す。
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