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第46話

 水滴を湛えた表面は店の間接照明を幾つも映して綺麗だ。  でも、それは窮地を救ってはくれない。 「   それ、うまいか?」  それが小林先輩なりの会話の逸らし方なのかなと思いつつ、「飲んでみますか?」とジョッキを押しやった。  黒ビールが使われているのでチョコレートのような苦みがあってオレの好みだけれど、小林先輩にはどうだろうか? 「ただ、先輩の好みじゃないかもしれません」 「俺の好みなんて知ってんのかよ」  はははと笑ってジョッキを傾ける度に、小さくかこんと音が響く。  氷の出す音と違うのが面白いのか、覗き込みながら左右にゆっくりと傾けている。 「甘い方が、お好きですよね」 「えっ……」 「連れがいる時は飲まれませんけど」  かこかこ  と音を立てるところを見ると、正解なんだろう。  店長に視線をやるも、緩く首を振って返されるだけで返事らしい返事はない。 「  なんでばれてるかな」 「見てたから、わかりました」  小林先輩に参ったと言わせて、ちょっといい気分になっていたのかもしれない。  その言葉が、どんな風に取られるかに考えが行かなかった。 「それ は、俺のことを気にかけてるって思っていいのか?」  変な返しだな と思い、言葉を胸中で繰り返すも、出た言葉は取り返せなくて……  やってしまったと気づいた時には、隣の小林先輩の顔が赤かった。 「あのっ  言葉の綾なんです 」  あの赤い顔がどう変わったか、見る勇気のない自分には確認できなかったけれど、 「 そ、そうだよな」  そう言って小さく笑う返事は予想できた。  オレに興味を持つ人なんて…… 「恋人に悪いもんな」 「えっ」 「え?」  悪い冗談だ。  ここで一人寂しく飲むしかできないのに、そんな相手がいるはずない。 「いないですって」 「  ええっ」  話しかけてくれる人もたまにはいるが、そこまでだ。  大体いつも小林先輩か、ピンクの彼が話し相手だった。   特に小林先輩は連れがいてもオレに話しかけるものだから、自分が破局の一因かもしれないと思うと、少し心苦しい。 「いるわけないじゃないですか!あはは」  必要以上に笑い、ジョッキに残っていた残り半分を一気に煽った。  店長の止める声と、ジョッキの底から転がり落ちてきたショットグラスが、こつんと鼻先を打つ。  自分に相思相愛の相手ができないのは、しょうがない。だからこうやって酔えもしない酒を飲んで気にしないようにする。  それが酷く滑稽だとしても、こうするしかない。

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