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第55話

 妻子ある上司に憧れと恋心を抱くのは不誠実?  妻と子がいると知っている男性に抱かれるのは不誠実?  告白をされたのだと言うのに、それでも部長に抱かれようとするのは不誠実?  オレの心も体も不誠実でできているらしい。  それでも、嬉しいと思ってしまうことが一番、不誠実だ。  幾度目かとぼんやり数を数えながら、部長の泊っている部屋の扉を叩いた。  ややあって、話し声が聞こえ   穏やかな表情の部長が戸を開ける。 「  そうか、頑張ったんだな」  目はこちらを見ていないから、オレに向けて言われた言葉でないのは明白なはずなのに、息が跳ね上がった。  こちらを見ないままにオレを招き入れ、見ないままに電話での会話を続ける。  お子さん  なのかな、と  口調からの予測だけれど、まず間違えてはいないだろう。  穏やかな会話を聞いて、オレはどうしてここに立っているんだろう?  なんでここにいるんだろう?  スウェットの下は何も身に着けてなくて、頼りなさで心細くて焦れる気分なのに、後回しにされている。   「  じゃあ、いい子にな」  この人はこの会話の後にオレを抱くんだろうか?  よき父として会話した後に?  よき夫としての会話もあったはずなのに、しれっと何事もないように喋り、そしておくびにも出さない。  そう言うことができてしまう人なんだ。  通話を終了させてこちらを振り返る目に、すでに穏やかさはなく。  獣みたいな双眸がこちらを睨んでいる。 「  資料に目を通せてない。勝手にやっていてくれ」 「か、てに ?」 「できるだろう」  顎をしゃくって見せた部長は何事もないようにベッドに腰を掛け、重ねられていたファイルから紙を取り出す。  そちらに目を遣る部長は、オレのことなんかもう忘れてしまったんじゃないだろうかと思う横顔で、先程出された指示が嘘のようだった。  小さな体の震えが虚しさからだと、気づいた時にはシャツを頭から抜くところで、スウェットのハーフパンツを脱いだ頃には、指先がうまく動かないほどの震えになっていた。  ぽつんと立ち竦むと、改めて何をしているんだろうと疑問が湧く。  横顔は硬質でこちらを見もしない。  自分で考えて動かなければと思うのに、いい加減にしてくれと言って部長の邪魔をすることができなかった。  疑問に思うのに、指示された言葉が動きを縛る。

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