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第61話

「 あ、先輩っ手を……」  ぎゅっと握られたままの手を見つけて、休憩所をこっそりと見渡した。  幸い他に誰もおらず、手を繋いでいるのを咎めそうな人はいなかった。 「あのさ、誰か来るまで繋がせてもらっててもいいかな?」 「あの  」  お互い緊張しているのか、繋いだ手は汗ばんでいて……  でも、手を握っていてもらえるのがくすぐったくて、小さく頷いた。 「  で、その、さっきの話の続きなんだけど」 「あ、あの、やっぱり、ちょっと   」 「や、泊りがけでって言っても、下心は……ちょっとだけ」  人差し指と親指の隙間は存外広い。 「それに  以前に言ったように気になってる人も、いて  」 「それ、俺 じゃあなさそうだな」 「ノンケの人なんで」 「あー……ノンケ相手じゃ望み薄だな」  ぽろっと返された言葉はノーマルな男性に惚れたゲイに向けての常套句だけれど、思いの外ずしりと心に重くのしかかる。  恋愛と言う前に立ちはだかっていたハードルを再認識させられて、じっとりと小林先輩を睨んだ。 「ちょっと、無神経とか言われませんか?」 「しょっちゅう言われてしょっちゅう振られるよ」  へらりと笑い返されると、懲りているのか懲りていないのか……どちらにしても改善する気はなさそうだ。   「あと    できれば、順序を踏みたい、と言うか、踏んでみたいので 」 「順序?」 「告白して付き合って、連絡先の交換、手を繋ぐ、キスする   とかです」  抱きたいと言われてあっさりと股を開いた癖に何を言っているんだと、頭の冷めた部分が言っているが、そう言った憧れが自分にあったのも確かだ。  告白し、告白され、電話番号やアドレスの交換、デート、手を繋ぐ、それからキス。  いつまで夢を見ているのかと思いもするが、憧れは憧れだ。 「えーっと、告白はしたな?電話は知ってるな? 手を繋いで、     じゃあキスな」  「え?」と返す前に、コーヒーの匂いのする唇が口の端に触れた。  柔らかなそれが音も立てずに触れて離れていく間、驚きすぎて体が動かなかった。 「   ────付き合って、ないじゃないですか」 「じゃあ付き合って」  じゃあって何なんだ!?と声が出る前に微笑まれ、出鼻を挫かれて俯く。  高鳴る胸を押さえて、距離を取ろうとよろよろと後ろに下がるが、ガラスがそれを許してくれなかった。 「強引だって、言われませんか?」 「でもお前はそうしないと、意識しなさそうだから」  背中の冷たいガラスの感触で、かろうじで冷静さを保てて入るが、膝が震えて仕方がない。  まだ繋いだままだった手を引っ張られたが、反対に力を込めて首を振る。 「   っ、あ。   あの、」  声の出ないオレの言葉は小林先輩の方が良く分かっていたようで。  ちょっと肩を竦めて眉尻を下げた。 「ごめん。調子に乗った」  名残惜し気に手が離れ、寂しそうに笑って空の缶をゴミ箱に投げ込む。  放り込んだ缶の音がしなくなるのを待ってから、 「  でも、二人で出かけようってのは悪い案じゃないだろ?」 「  考えておきます」 「約束な」  目の前に差し出された小指は、約束しようの合図だけれど……  戸惑っていると、ぐいっと小指が絡んできた。 「ゆーびきーりげーんまん」 「もうっ  自分勝手だって言われませんか!?」 「自分勝手!強引で無神経!歴代のお相手にさんざん言われたよ」  気にしてないのが分かる表情で言われ、それ以上言い募れずに引き下がるしかなかった。 

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