65 / 105

第64話

 吐精後の脱力は何とも言い難く、起き上がるのに一苦労だった。  カチン  と音を立てながら部長が缶ビールに口をつけるのが見える。 「風呂に行ってる間に部屋に戻るように」  生まれたての小鹿よろしく起き上がったオレに掛けられるのは、そう言う時間が終わったことを告げる退去の短い指示だった。  他に何か一言でもあるかもしれないと、無駄な期待を込めてゆっくりと服を着るも、シャワーに向かう部長は振り返りもしなかった。  ぽつんと薄暗い部屋に残される感覚は何度経験しても慣れず、服を着る手が小さく震える。  どうしてオレは、こんな想いまでして、部長に抱かれているんだろう?  隙間風のように心の中に吹き込んできた言葉を繰り返しそうになって、慌てて首を振った。  なぜ抱かれているかなんて、答えはわかりきっているのに。  酷い抱かれ方をしていたとしても、盗み見る横顔や、微かに歪む唇、確かな熱で自分を求めてくれるのが……嬉しいからだ。  部長に対してどうかしていると思うのと同じくらい、どうかしていると思いつつも、オレを欲してくれるのが嬉しい。  例えそれが肉欲だけの話だったとしても。  目の前で家族と話をするなんて、酷いことをされても  だ。  泣き出す前に急いでサイドテーブルに放り出していたカードキーを掴み、シャワーの音を聞きながら部長の部屋を飛び出す。  瞬き毎にぽろ……と頬の上を転がっていく涙を止めることができず、辺りを見回して誰もいないのを確認してほっと胸を撫で下ろした。  急いで隣の部屋に向かいカードキーを差し込むが、小さなエラー音が出て赤いランプがついた。 「えっ……なんで」  もう一度試してみるがそれは変わらず、手の中でくるりとカードをひっくり返して納得した。  カードと部屋の番号が違う。  こんな簡単なミスに気づけない自分の状態に情けなさが募り、流れ続ける涙を拭って小さく鼻を鳴らす。 「二枚まとめて置くとダメだな」  次回の際はこう言った事がないように違う場所に置くべきなんだと思いながら、部長がシャワーから出てこないうちにと部屋に滑り込んだ。  目的の物は案の定、同じサイドテーブルで見つけた。  手の中の物と入れ替えて振り返ると同時に、シャワーの止まる音がした。

ともだちにシェアしよう!