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第77話
袖口が涙を吸ってどんどん色を変えていくのに、小林先輩は面倒がらずに丁寧に、擦りすぎないように拭い続けてくれる。
どうしてこの人は、自分を裏切ったオレにまで優しいんだろうか?
「 だって、 す 好きに、なってしまったんです 」
横顔を見れて嬉しいな、
後ろを歩けて嬉しいな、
声をかけてもらって嬉しいな、
触れてもらえて嬉しいな、
抱いてもらえて、泣いて震えるほど幸せで……
でも、戻された現実で、部長の家族の前には自分の存在はちっぽけで……
その叩き落される苦痛が、ただ辛いだけで……
「どうにも、できないのに、 苦しくても 」
好きだから の言葉は抱きしめられて言葉にならなかった。
覆いかぶさるように抱きしめられ、小さな子供になったような錯覚に陥りながら、包んでくれる温かい背中に手を回して縋りつく。
「好きになっちゃったもんは、しょうがないよな」
背中を緩やかに撫でられ、宥めるその手つきはやっぱり小林先輩のイメージからは程遠く、とても優しい。
「こん、なの は、 い、いいことじゃ ないのは、わか わかってるんです っ」
しゃくり上げながら喋るなんて何年ぶりだろう。
成人もして、ずいぶんと大人になったと思っていたのに、自分は全然成長できていないようだった。
「よくな、っ いってことは 」
ぐずぐずと鼻を啜り上げながら言うと、子供がする言い訳のようで……
オレは部長とのことを正当化する言葉を探しているのかもしれない。
けれど、どう頑張ってもこの仲を正しいと言える言葉が見つからなくて。
「で、も どうしていいのか、わかんないん です 」
涙と鼻水でみっともないことになった顔も、小林先輩は袖で丁寧に拭いてくれる。
きつく吊り上がった眉がしょんぼりと垂れているのは、オレにかける言葉を見つけることができない程困らせているせいだ。
「すみま すみませ ん 」
「泣け泣け、それで吹っ切れろ」
吹っ切ることが……できるんだろうか?
こんな風に、慰めてもくれない人をただただ見詰めるだけなのは……
なんて不毛なんだろう。
一瞬過った思いは胸の内をひやりと凍らせるようで。
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