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第89話

「どこへ行こうと、秘書の仕事はできるだろう?」  引き上げられた右側の唇は、あっさりと流されて反応したオレを笑っているのかもしれない。 「  それ、は 」  いつかのずるい言葉遊びと同じだとわかった。  この関係を終わらせても仕事はちゃんとこなせ と、言う言葉だ。  けれど、夜に行われることも秘書業務の一つだと、こちらが解釈するならこの言葉は、 『恋人がいても抱かれに来い』  と言うことになる。  震えが、恐怖ではなく怒りからだとわかったのは、握り締めた拳を止められたからだった。 「  あ  あなたの傍に、居たくないんです!!」  はっきりと言うが、部長の表情に変化はないように思える。  こんな状態になっても、部長の感情のナニかを引きずり出すこともできない自分は、どんなに頑張っても切り捨てやすいただの、出張先でのお楽しみでしかないのだと、痛感させるようだった。  胸の痛みが、決心の背中を押した。 「  嫌なんです。  目の前で家族と話されるのが!」  怒鳴りながら振り払えば、驚いた隙をつけたのか部長の手が離れ、距離を取ることができた。 「耐えられない!! こちらを見てくれないのも!や 優しくされたいし、  何か   一言でいいから、欲し  欲しいし    」  ──── ~~  ~~  ~~  鳴った携帯電話に、咄嗟に二人の視線が向いた。  一瞬のその空気は、部長が見せた迷いだったのか…… 「    取らないでください!!お願いしまっ  !」  サイドテーブルの上の携帯電話をオレが取るよりも早く、部長の手がそれを掴んで応答ボタンを撫でた。 「    はい」  この人は……  ぶるりと震えた体を動かして、急いで服を身に着ける。 「    ああ、ちょっと立て込んでて」  それでも、家族からの電話を取るのか。  涙を堪えようとしたのに震えで上手くいかない。  カチカチと鳴る歯を噛み締めて、なんとかボタンを留めようとするがうまくいかず、振り返る動作に紛れるような一礼をして立ち去ろうとした。

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