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第92話
乱れたシャツを割り、熱い唇がへそを掠めるようにして脇腹へと触れた。
きゅっと吸い上げられて、反射的に体が跳ねる。
赤いそれは、小さなものだし、すぐに消えてしまうものだったけれど……
「部屋に帰れ」
穏やかにつけられた痕が嬉しくて、自然と頬が緩む。
「 扉まで、このまま手を繋いでもらえませんか?」
そこの街頭までと言った小林先輩の、あの時の気持ちが分かったような気がした。
たった数歩の距離。
怪訝な表情を浮かべた部長は、それでもオレの為に立ち上がってくれて……さんざん体は繋げたのに、こんな風に手を握られた記憶はなかった。
もしかしたら、もっと早く自分の意志を告げれば良かったのかもしれない、そうすれば部長は皮肉気に唇の右側を歪めながら話を聞いてくれたのかも……と、今なら手を引く部長を見上げて思う。
「 あったかい」
「 そうか」
オレよりも大きな、熱くて男らしい掌の感触を忘れないように、ぎゅっと握り締めた。
ほんの、数歩。
もうきっと、こんなことはないのだろうけど。
「 ありがとうございました」
頭を下げたオレの顎を手が包む。
身長差がありすぎて、キスをする時は伸び上がらなくてはならなくて……
涙よりも熱い唇に、眩暈がした。
「────失礼します」
深く一礼したオレの目の前で扉が閉まっていく、こちらを見る目がハシバミ色で……愛しくて、あの瞳をもっと間近で覗き込みたかったと、口の端だけ歪めて笑った。
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