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第94話
休みを取っていた小林先輩は、私服で会社から少し離れた喫茶店で待っていてくれた。
窓から中を覗き込むと、こちらに気づいて満面の笑みで迎えてくれる。
ちょっと、ドキッとして……
教育係にと紹介された時、この怖い顔立ちの先輩とこんな仲になるなんて、思ってもみなかった。
「俺だけのんびりしてて悪いな」
「そんなことないです!逆に、オレの方に合わせてもらって、感謝します」
支払いを済まして出てきた小林先輩は、なんの不自然さもなく車道側に立つ。
その動きはあまりにも自然で、気障っぽいとか見栄を張っているようにも見えない。
人をエスコートし慣れてる人なんだと思うと、尊敬の気持ちが湧いてきてくすぐったくて……
ちょっとした気遣いがオレを幸せにしてくれる。
「電車ってなかなか乗らなくなったよなー」
「そうですね、昔はよく乗ったんですけど 」
尊敬 は、いつか愛情に代わってくれるだろうか?
友情 は、いつか恋情に代わってくれるだろうか?
憧憬 は、好意に、愛しさに変った。
だから、きっと、変わってくれるだろう。
激情でない緩やかな感情は温かくて、心をふわふわとさせる。
「なぁ 行こうって言ってたとこ、俺の地元でさ。ちょっと実家に寄ってかない?」
「あ あの、オレもですか?」
「 できれば」
この人は突然何を言い出すんだろうか。
それはオレを家族に紹介したいと言うことだとわかる。
それが、男女間ならなんの問題もないことも。
「いきなり行って 驚かれませんか?」
「恋人連れていくって電話しておいたからそれはないかな」
えっ と言葉が詰まった。
オレの戸惑いがはっきりとわかったのか、考えを巡らす表情の後に「ああ」と言葉を漏らした。
「うちは、知ってるから」
なんてことのないように返されるが、オレからしてみるとそんな夢物語のような話があるんだと驚きだ。
うちの親はどうだろうか?母は泣くだろうし、父は怒りを通り越して茫然となるかもしれない。
「でも、付き合ってる奴連れて行くのは初めてだから」
「 ありがとうございます」
赤くなった小林先輩に釣られて、こちらも赤くなる。
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