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 二日前と同じ待ち合わせの場所に向かう前に、寄らなければならない場所があった。  どうしても、納得がいかない。  普段なら近寄る事すら考えられない場所へと向かう。  くすんだような青銅色のビルを見上げ、その中に入って行く。サラリーマンやОLがいるエントランスを抜け、エレベーターへと向かう。ストライプのラフなシャツにジーンズ姿のオレは、その中では酷く浮いているせいかいろんな奴らの視線を感じる。  最上階まで行き、綺麗なお姉さん達の制止を振り切って重厚そうな社長室の扉を蹴破らん勢いで押し開ける。 「…」 「…」  む…とした顔の鬼瓦が鎮座する机へと近づき、天板に両手を叩きつけた。 「…」 「…小夜子の事か」  動じる事無くそう言った恰幅のいい爺は、生物学上、仕方なくオレの父親だ。厳しい顔を揺らす事無く、手を上げて秘書を下がらせると、ふう…と息を吐きながら立ち上がる。 「政略結婚ってなんだ!?あんた頭おかしいんじゃないのか?」 「頭がおかしいのはお前だ。こんな所まで乗り込んで…恥ずかしくないのか?」 「あんたの息子だって事を恥じた事はあるよ」  そう言って睨みつけると、歪められた唇から嘲笑が漏れる。 「小夜子が取引先と結婚せざるを得ない理由を、お前は考えた事があるか?」 「会社の繋がりが必要で……親父が…言うから…」  馬鹿にした目でこちらを睨むと、親父は煙草に火をつけて口に咥えた。 「相変わらず、頭の中は小学生のままか」 「んだと!?」  思わず拳を作る。 「この会社の後取りは誰だ?」 「あぁ?」 「私引退後、誰が継ぐ?」 「…」  自分でないのは確かだった。 「小夜子の婿に継いでもらう。それ相応の男にな。我が家には男が生まれなかったのだ、しかたなかろう?」 「…っ」 「お前が継ぐか?跡取りも作れんくせに…カマなんぞになりおって、情けない」  吐き捨てた親父が、害虫でも見る様な目を向ける。 「誰のせいで小夜子が婿をとらなくてはならなくなったのか、麩菓子の様な頭で良く考えてから物を言え」 「……」  握り締めていた拳が震えたが、振り上げることが出来ずに唇を噛み締める。 「出ていけ、男にケツを振るような奴に、ここに入る資格はない」 「…っ」  それきり、こちらに視線を向けることもないまま、親父は悠然と煙草を噴かし続ける。  何が出来ると考えていた訳ではなかったが、変わる事のない親父の辛辣さを感じて眉間に皺を寄せた。負け犬の気分で扉を開けると、怯えたような秘書達がこちらを見た。 「…ちっ」  一瞥をくれてエレベーターへと乗り込む。  家の為じゃないと言った姉の顔を思い出し、泣きそうになるのを堪えて歩く。 「確かに、家の犠牲じゃないよな…」  オレの犠牲だ…とは苦しすぎて声に出せなかった。

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