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 酷い怪我は左手だけだった。それ以外は打ち身程度で、すぐに元通りの生活に戻る事が出来た。  佐藤がいないと言う事を除いて…  傷跡の残った左手に、銀色の指輪を嵌める。  微かな傷がついているものの、貰った時と変わらない輝きのそれを見る度に、胸が押しつぶされそうな感覚に陥った。  佐藤と言う偽名と、事故の際に覆い被さって来た佐藤の行為を天秤にかけ、どちらを信じるべきなのかを自問自答し続ける。  携帯の番号もアドレスも変えてはいない。  連絡を取ろうと思えば取れるし、まず何よりこのアパートを知っているのだから、オレと同じように携帯が壊れて番号が分からなくなっても、会う意思があるなら会いに来れるはず。  会う意思があるなら…  相変わらず暑い部屋の中、窓辺に座って外を眺める。 「…ちょうど都合がいいからって、捨てられたかぁ」  左手の指輪を見つめ、外そうと手を伸ばしたが途中で止めた。 「もしかしたら…」  もしかしたら、仕事が忙しくてなかなか来れないだけかもしれない。  そう言い聞かせて目を閉じる。 『もう外さないでくれ』  耳の傍で囁かれる、あの心地のいい声を思い出しながら、左手を強く握りこんだ。

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