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 意識の上を会話が滑って行くが、親父がこちらを睨まない程度にはしっかりと会話できていた様に思う。  佐藤は、斜め向かいに座っていた。  いつものように、柔和な笑顔が向けられる。  自分ではなく、姉に向かって。  いつもの調子で、話を振ってくる。  オレが孤立しない程度に。  まったくの初対面然とした態度に、もしや瓜二つと言うだけなのかといぶかしんだが、少し髪が伸びているくらいで、笑い方の癖や言い回し方、どれを取っても他人とは思えなかった。  佐藤なのだとしたら、この態度はなんだ?   オレとの事を、なかった事にしたいのか?  …それとも、もう忘れたのか? 「失礼、ちょっとお手洗いに…」  話が一段落した時、そう佐藤が切り出した。立ち上がってトイレへと向かう背を追い、オレも立ち上がる。 「オレも…」  そう言うと、親父の目がじろりとこちらを睨んだ。 「ボロを出すなよ」  低く囁かれた言葉は、向かいに座る佐藤の両親には届かないようで、にこにことしている。そんな二人に一礼して走り出す。  広い背中が見えた時、思わず飛びつきたくなったのをぐっと堪え、その背中に声を掛ける。 「佐藤」  歩みが止まり、ゆっくりとこちらを振り返った。そのどこか困ったかの様な顔に、今までの事は冗談だと言ってもらえる事を期待して傍に近寄り、なんて答えてやろうか、言葉を並べ立てながらその顔を見上げる。 「………まいったな」  逡巡する素振りを見せ、佐藤は口を開いた。

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