53 / 312
51
「…あ」
オレの視線に気付いた佐藤が、右のこめかみに手を当てながら苦笑する。
「この傷が気になるかい?」
男らしい指先でその傷に触れて困った様に言う。
少し伸びた髪に隠れるように、引き連れた痕があるのを見つけてしまった。ほくろの位置まで当てる自信がある記憶の中に、そんなものはない。
「山で怪我したらしいんだ」
「…らしい?」
そう尋ね返すと、
「怪我のせいで記憶があやふやなんでね。両親からそう言われたんだ」
『記憶があやふやな』に引っかかりを覚える。
もしかしたら?
その期待に、左手に嵌めた指輪に手を当てる。
馬鹿らしすぎて、そんな可能性があるなんて思いもしなかった。
ただ純粋に、要らなくなったから捨てられたのだと…
「山、好きなんですか?」
「え?ああ、夏山だけだけどね。興味あるの?」
「あるんですけど、何から始めていいか分からなくて。誰かに教わりたいなって思ってたんです」
震えないように、ぎゅっと手を握り締めた。
「話聞かせてもらってもいいですか?」
「いいよ」
そう返事され、オレはほっと息を吐いた。
ともだちにシェアしよう!