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ここに来るのは、二度目だった。
以前来た時はまだ、佐藤の事を鬱陶しいと思っていた事を思い出して苦笑する。心境も、変われば変わる物だと、自嘲気味に思う。
「お洒落な所だね」
その言葉に、眉間に皺が寄るのを感じた。
「…ここ、知らないんですか?」
「いや…こう言う場所には疎くてね」
二人で以前座った席が空いていたので、そこに座ってチーズケーキを注文する。
「チーズケーキが美味いんですよ」
「へぇ、いいね」
唇を噛んで、下を向く。
やっぱり…と言う思いと、何故…と言う気持ちで、今すぐにでも目の前の男に事情を説明しろと、詰め寄りそうになる。
「怪我…記憶があやふやって、どれ位あやふやなんですか?」
「え?」
「あ、いや、自分がそうなったら怖いなって思って」
そう言うと、相変わらずの生真面目な顔で考え込んだ。
「ここ数ヶ月かな…お姉さんとの話が持ち上がって…養子に入った直後だから……3ヵ月程か。あるんだね、記憶喪失って」
そう言うと、運ばれてきたチーズケーキを一口食べてにこ…と微笑む。
「養子?」
「あれ?聞いてないのかな。佐藤って呼ぶから知ってるんだと思ってたんだけど…」
「養子、なんですか?」
知らず、険しい顔をしていたらしい。
「不審そうな顔だね。お姉さんにはもう話してあるんだけど…」
佐藤は一度、珈琲で唇を湿らせてから話し始める。
「本当の両親は昔亡くなってね、子供が出来ない伯父達が引き取ってくれたんだよ。ずっと一緒には暮らしてたんだけど跡継ぎ問題が出てね、少し前に正式に養子になったんだ」
「じゃあ…佐藤って名前は…」
「以前の苗字。今は西宮、…まだ慣れないけどね」
震え出す手を膝の上で握り、自分との事を聞こうとした瞬間に着信が鳴った。
初期設定のままらしいその呼び出し音に、佐藤は携帯電話を開く。
そして、笑った。
「小夜子さん。ええそうです、終わりましたか。ええ、場所は…」
柔らかな、かつて自分に向けられていた笑み。
姉との通話を終えると、佐藤は少し緊張したようなよそ行きの顔でこちらに向いた。
「お店との話が終わったって。ここに来るって」
「……そうですか」
姉が来るまでに本題を切り出してしまおうと、口を開いたが言葉が出ず、テーブルの上のチーズケーキに視線を落とした。
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