55 / 312
53
この店を教えてくれたのはあんただと、言えばどんな反応が返るだろうか?
テーブルに置かれた手に、指を絡ませて繋げば、思い出してくれるだろうか?
その、オレ好みな唇を奪えば、また「ケイト」と呼んでくれるだろうか?
迷いながら、顔を上げる。
「…なぁ」
「こちらです」
話しかけようとした言葉を遮られ、オレは口を噤んだ。
笑顔が、素通りしてオレの後ろの人物に注がれる。
「あ、よかった。ここで合ってた!二人で何話してたの?」
当然のように佐藤の隣りに腰を下ろした姉は、幸せそうな笑顔を佐藤に向け、嬉しそうに話をする。
「男同士の話ですよ」
「えー…じゃあお邪魔だったかしら?」
「そんな事無いよ、姉さんもチーズケーキでいい?」
ウェイトレスを呼び寄せ、チーズケーキと珈琲を注文する。
注文し終わって二人の方に向き直ったが、その雰囲気に入っていける勇気が出なかった。
頬を紅潮させて嬉しそうに話す姉と、愛しそうに微笑んで返す佐藤の二人の仲が、相思相愛だと告げている。
忘れ去られた恋人の立場なんて物は、その前では羽のように軽く思え、オレは急いで目の前のチーズケーキを頬張り、熱い珈琲を一気に飲み干す。
「じゃあオレ帰るから」
「え!?」
「二人の邪魔すると馬に蹴られるかもしれないからね、退散する」
へら…と笑い、引き止めようとする姉を振り切って店を飛び出す。
足早に店から離れながら、ポツリと呟く。
「…忘れられるって、一番きついな……」
二人の出会いも、行った場所も、思い出も、全て無い事にされて……
ともだちにシェアしよう!