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 この店を教えてくれたのはあんただと、言えばどんな反応が返るだろうか?  テーブルに置かれた手に、指を絡ませて繋げば、思い出してくれるだろうか?  その、オレ好みな唇を奪えば、また「ケイト」と呼んでくれるだろうか?  迷いながら、顔を上げる。 「…なぁ」 「こちらです」  話しかけようとした言葉を遮られ、オレは口を噤んだ。  笑顔が、素通りしてオレの後ろの人物に注がれる。 「あ、よかった。ここで合ってた!二人で何話してたの?」  当然のように佐藤の隣りに腰を下ろした姉は、幸せそうな笑顔を佐藤に向け、嬉しそうに話をする。 「男同士の話ですよ」 「えー…じゃあお邪魔だったかしら?」 「そんな事無いよ、姉さんもチーズケーキでいい?」  ウェイトレスを呼び寄せ、チーズケーキと珈琲を注文する。  注文し終わって二人の方に向き直ったが、その雰囲気に入っていける勇気が出なかった。  頬を紅潮させて嬉しそうに話す姉と、愛しそうに微笑んで返す佐藤の二人の仲が、相思相愛だと告げている。  忘れ去られた恋人の立場なんて物は、その前では羽のように軽く思え、オレは急いで目の前のチーズケーキを頬張り、熱い珈琲を一気に飲み干す。 「じゃあオレ帰るから」 「え!?」 「二人の邪魔すると馬に蹴られるかもしれないからね、退散する」  へら…と笑い、引き止めようとする姉を振り切って店を飛び出す。  足早に店から離れながら、ポツリと呟く。 「…忘れられるって、一番きついな……」  二人の出会いも、行った場所も、思い出も、全て無い事にされて……

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