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佐藤の事は、忘れられない。けれど姉は本当に幸せそうで、オレはその笑顔を曇らせたくなかった。
「スーツ姿のケイってそそるねぇ」
そう言って飛び付いてくる店長をなんとか引き剥がし、髪を整える。
「もー邪魔しないで下さいよ。皺になると困るっ」
「初めての時がスーツだったからかなぁ…今日帰ってきたら、そのまましようよ~」
はいはいと適当に相槌を打つ。
店長の軽いノリに付き合えるような気分ではない。
姉と佐藤の…結婚式。
どんよりと気持ちが沈むのは、姉が嫁いでしまう寂しさからか…
それとも…
それとも?
「気をつけてな」
そう言ってネクタイを直してくれる恋人が、今目の前にいると言うのに、オレは佐藤の事が忘れられていない。
その事を痛感しながら扉に手をかける。
「じゃあ行ってきます」
「遅くなるようなら直接店に来てくれる?」
「OK」
軽いキスを交わし、陰鬱な気分と微かな高揚感を持って式場へと向かった。
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